2008年5月9日

ギークとスーツと想像力


 中島聡、という男がいる。

 1960年生まれで、Windows95、98、IE3.0、4.0といった、Microsoftの名を庶民にまで知らしめたソフト開発の中心にいた人物だが、この人、ITの世界の第一線で活躍してきた人にしては珍しい早稲田出身者。それも学院から院までの純血だ。著名なブロガーでもある(「Life is Beautiful」)。

 少し前に彼の著書『おもてなしの経営学 アップルがソニーを超えた理由』を読んだ。巻末の梅田望夫との対談が興味深かったので引用する。

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 梅田 中島さんの「ギーク・スーツ」論、面白いですね。テクノロジーの会社が伸びるのは、ギーク(技術者)族の心をつかむのが上手なスーツ(経営者やビジネスマン)がリーダーシップをとったときと、抜群のビジネスセンスを持ったギークがリーダーシップをとったとき、ギークとスーツが絶妙のコンビを組めたときのいずれかであるという話。

P223 「『ギーク』『スーツ』の成功方程式」

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 彼らは「ギーク」と「スーツ」という言葉を頻繁に使う。ギーク=技術者、スーツ=経営者・ビジネスマン。この対談の中で、『ウェブ進化論』で名を馳せた梅田は、自分はスーツ側の人間であり、中島はギークとスーツの間に立っている人間だと語る。

 Windows開発の中心にいて、今もなお現役でソフト開発をしている彼は正真正銘のギークである。にも関わらず彼の語るITの世界は、なんとまぁ豊穣で魅力的なことか。そんじょそこらの小説なんかより、ずっと面白いストーリーで僕の心を震わせる。そういう中島聡の持つ「スーツ性」を梅田は指摘したのだと思う。

 ユーザーに心ふるえる体験をさせることを中島は「おもてなし」と呼ぶ。そしてタイトルからも分かるように、経営=スーツ側には「おもてなし」が必要だと述べられる。

 僕は生粋のスーツだ。僕の周りにいる人の多くもそうだろう。技術を持たないスーツに必要なのは「おもてなし」の心だというのはよく分かる。その上で、「おもてなし」の対象を「ユーザー」だけに限らない言葉として、僕が好きな「想像力」というフレーズが浮かんでくる。

 組織とは「人が集まることで、一人じゃできないことを達成する場」だ。ただ、単に集まるだけじゃ何も生み出せない。そこで集まった人々が協力しあうことで、チームの最大限のパフォーマンスを発揮し、組織の秘めた力を最も引き出せる。その結果、価値のあるものを生み出すことができる。

 その際に必要なのが他者への想像力だと僕は思う。

 想像力がなければ、チームプレイは難しい。チームにいる人と人との間に溝を作るからだ。そして溝のあるチームが、ユーザーとの間にある遙かな断絶を超えられるはずもない。だから想像力を欠いたチームから、ユーザーの心を震わせる企画は生まれにくい。これは営業だって、マーケティングだって、製作だって同じだろう。


 想像力の有無。

 その違いが具体的に何を生み出すかと言うと、あえて単純化すれば、例えばソニーのPS3と任天堂のWiiが挙げられる。PS3を出した当時のソニーはギークvsスーツの対立が社内であり、その影響もありギーク(技術)側に寄った製品になった。逆にWiiはギークとスーツがうまく調和し、想像力と技術が組み合わさり、新しいスタイルでユーザーの心を掴むことができた。

 任天堂の岩田社長は純粋な理系人間だけれど、僕の中では「おもてなし力」でダントツの糸井重里とえらい親しくて(対談記事)、一緒にゲームの開発(MOTHER3)をしたほどの仲だ(ちなみに一度頓挫したこの企画は、岩田が任天堂の社長になって実現する)。ビジネスにおいて成功失敗の理由なんていくらでも後付けできるにせよ、何かを生み出そうとする時、やはり僕はこういう「想像力の有無」が決定的な違いを生むと信じる。

 ユーザーだけでなく、チームの仲間に対しても「おもてなし」の心を持つこと。それができるか否かは、どれだけ他者への想像力を持てるか、という一点にかかっていると思う。

 想像力を持つ。相手の立場に立つ。

 手垢にまみれた言葉だけど、意外と難しいからこそ語られ続けるのだと思う。実際、やってるようで、やってない。ごく些細なことであれ、相手の立場に立つ「つもり」になるだけで、僕は少なくとも数分かかる。この忙しい日々の中で立ち止まって、数分かけて相手の立場に立った「つもり」になることが、いったいどれくらいあるだろう? もっと難しい問題では、どこまで僕は相手に寄り添っていられているのだろう?

 最近、自分の想像力の欠如を痛感することが多い。まぁでも、僕の個人的な話は措いておこう。


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 今後、シリコンバレーのようなギーク達の集う場所が日本にも勃興してくるだろう。筆頭は京都。慶應SFCの周りもそうなんだろう。そうした地域を「ギークエリア」とするならば、それに対する「スーツエリア」があってもいいはずだ。そして、早稲田が今後パフォーマンスを発揮できるとしたら、そこしかない。

 スーツの持ち得るいちばんの武器、想像力。それを鍛えるべき環境が、早稲田には揃ってる。芥川賞や直木賞の受賞者数ひとつとっても、早稲田は飛びぬけている。母数や文学史的な側面も大きいだろうが、そうしたことも含めて、想像力を鍛える土壌が早稲田にはある。

 僕の恩師である原さんがいつも言う。想像力のない人間は人の上に立つな、と。自分視点でしかなく、他者の視点を持てない人間は、周りの人間を傷つけるんだ。

 ギークが日々新たな技術を身に付けていくように、スーツは日々想像力を磨いていかなきゃならないと思う。そのために必要なのがリアルな人との対話なのだと僕は思ってる。リアルな人との対話なしに、人の心を掴む物事は生まれてこない。

 リアルな対話は「一歩踏み出す」場所での摩擦の中でこそ起こる。一歩踏み出したその場所で、僕らはたくさんの傷を負う。でも、そういう傷を受けてこそ、他者が求めていることに想いを馳せられるようになるのだろう。

 時々、未来のことを考える。歩む先でこれから受ける傷を思うとぞっとする時もあるけれど、その分だけ心ふるわせ流せる涙があることを思うとき、たまらなく楽しみになる。やっぱり踏み出さなきゃなぁ、と思う。



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 中島 日本のエンジニアはナイーブというか、「欲」がないぶん、損しているのではないでしょうか。

 梅田 「欲」というのは作ったものを全世界の人に使ってもらいたいという欲、それとももうちょっとドロドロした金銭欲みたいなものですか。

 中島 金銭欲ではなく、良いものを作ろう、そして自分の作った良いものを世界に広めようという欲でしょうか。「これで世界にインパクトを与えよう」という欲と言い換えてもいいかもしれません。日本のエンジニアには、そのような発想もスキルもツールもない。

同P233

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 「ソーシャル・ベンチャー・タウン構想」というのを最近僕は考えている。「これで世界にインパクトを与えよう」という欲が、早稲田ほど渦巻いている場所はほかにないだろう。ソーシャルベンチャーの中心となる人間を育てるにはうってつけだ。ただし現状、早稲田には技術やツールをもった人が少ないから実現できていない。なら、技術やツールを持っている人々と手を組めばいい。

 東のWASEDA・西のKYOTOみたいになればいいなぁ、なんて妄想をする。実際、京都と早稲田って、頭の良さはだいぶ違うにせよ(笑)、「在野の精神」は近いところがあると思うんだ。だから手を組みやすいんじゃないか、って。実際、一緒にビール造ったりしてるし。

 ギークとスーツが手を組めば、世界を大きく変えるうねりを起こすことができる。想像力を持ち、ギークを惹きつけるビジョンやアイデアを持ったスーツは、この早稲田なら生み出せるはず。それを証明するためにも、僕がまずそうならなくちゃならない。そして、それを早稲田に広めていきたい。これが僕が「WASEDA」という横文字に込めている想いだ。

 まだまだ夢物語みたいなものだけれど、でもいつの日にか「WASEDA」を実現するためにも、今日も地道に一歩ずつ踏み出していくよ。


 【フォト1】 早稲田に胡錦濤が来てたね。でも夜には誰もいなくなってた。あれだけ騒がしかったのが嘘みたいに。僕はダライ・ラマの記者会見を見て感動したけれど、昼間フリーチベットを叫んでいる人を見ても心は動かされなかった。申し訳ないけれど。

 行動するのは立派だ。でも、あれじゃ誰にも届かないし、歩いてる人に迷惑かけてばかりでチベットの印象を悪くしてしまう。大切なのは胡錦濤に文句言うことじゃなくて、暴力を止めることのはず。政治的な駆け引きは色々あるだろうけれど、みんなもうちょっと戦略的にやればいいのにな、と思う。自己満足で終わってちゃしょうがない。大切なのは結果。戦略的にならないと、実りある成果は得られない。野次馬の早大生も、どうしようもない。たぶん庄司がいたらキレてただろう。ケガ人が出なくて本当によかった。

 いずれにせよ、いろんな立場の人間が入り乱れたら問題が起こるのは当然。この点は、こうした事態が起こるのを見越して企画した大学側は説明責任:アカウンタビリティーを果たしてほしいと思う。学生も入れなかった今回の講演、今のところ大学のホームページでは何一つ触れられていない。

 ※追記 08/05/09 20:55 Waseda-net portalで5月8日(当日)の朝に、1行リンクから「入構制限するからよろしく」という旨のメッセージがあったとのこと(僕はwnpは見てません。すみません)。ただNHKで同時中継され、ヘリが飛びまくることも予想できたにも関わらず、学生には当日の朝にこれを発表するだけ、で大学側の責任を果たしたとは言い難い。職員は一体いくら給料を貰い、何のために大学にいるんだろう? 学生の側も野次馬をやるくらいなら、こうした点を指摘して大学を変えていく方向に動けばいいのだけれど(そうした意欲のある人はだいたい自分の活動で忙しいだろうが、就活終えた4年生あたりにぜひ頑張ってほしい)。

 【フォト2】 中目黒で昼下がりのビールを飲みながら。外は最高に気持ちがいい。

 【フォト3】 うるとらで夕飯前のビールを飲みながら。ソンくんの心遣い(おみやげ)に感謝。この後、帰国したこうすけ(元WIF代表)が突然やって来てテンション上がって飲みすぎた。。。

 明日から早稲田本庄100キロハイク。100キロの道も、すべては地道な一歩の積み重ね。今年は雨で大変そうだけど、みんな頑張れ。僕はジョンと大隈講堂で待ってます。

2 Comment:

匿名 さんのコメント...

相変わらず、昼も夜もビールばっかり飲んでますねー笑
うらやましいです。
日本も、昼からビールが当たり前の世の中にしていきましょう。

「MOTHER」「MOTHER2」のラスボスって、確かギークという名前だったような気がします。
ギーグだったかもしれません。
1101氏はそこまで考えて、ああいう名前にしたのかな、と思いました。

想像力が欠如しているとき、私は小さな子どもと話したり遊ぶようにしています。
一気にアイデアが噴出します!

匿名 さんのコメント...

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