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2009年4月27日

希望なき国に生まれて(2) ~拝啓 若者へ~

 「希望」は現代日本のメイントピックで、最近も池田信夫blog「希望を捨てる勇気」や、Zopeジャンキー日記「希望を捨てたら、もっと不幸になる」なんかで、ちょっとした盛り上がりを見せている。よく扱われるものだが、その論調は少しずつ変わってきている。

 この現状に対して、僕は論理的ではないので、ごく私的な意志表明をここに記そうと思う。これは、『希望なき国に生まれて(1)』の続き。



拝啓 若者へ

 僕が通っていた私立中学を逃げるように辞めたのは12年前。高校を辞めて「退屈だ」と言っていたのは8年前。小説家という夢を諦めて自暴自棄になっていたのは、2年前だ。わずか2年で、僕は何もないクソ学生から、新聞に出たり、テレビに取り上げられたりするようにもなった。

 でも、12年前から、メディアに出るようになった今も、変わらないことがある。僕は、誰になんと言われようとも、一瞬一瞬を、自分の信念に従って、全力で生きてきた。誰に非難されようとも、褒められようとも、それに振り回されないように生きてきた。

 中学に受かった時、中学を辞めた時、高校に受かった時、高校を辞めた時、大学に受かった時、辞めると宣言した時、留年が決まった時、小説家を目指していた時、諦めた時、道塾を立ち上げた時、新聞に載った時、テレビに映った時、、、。そのたびに周りの見る目は変わった。特に「大人」の目は驚くくらいコロコロと変わった。

 でも。

 そういうことは些細なことなんだ。大学に受かったとか、辞めたとか、あるいは2chで叩かれるとか、メディアで騒がれるとか、要するに周りの目を気にすることなんて、そんなことは本質的にはどうでもいいんだ。

 大切なのは、自分の信念に従って、全力で生きていくこと。

 今だって僕は「大人」から見れば「大学7年なんてひどい落ちこぼれで、ろくすっぽ勉強もせずに、吹けば飛ぶようなベンチャーを遊びでやってる学生」としか思われない。そして、それはある種の人々からすれば正しい意見なのだろう。でも、そんな「大人の目」なんて、僕にとってはどうでもいいことだ。

 もし君が戸惑いを覚えるのなら、ひとつ聞こう。君たちを取り囲む「大人」が語ることは、ほんとうに君が心の底からなりたいような「大人」の言葉か? 他に、もっとなりたいと憧れる「大人」はいないのか?

 人の生き方に文句を言う「大人」は、いつ、どの国でだって存在する。でも、そんな言葉に惑わされないこと。濁り切った他人の目なんて、ほんとうはどうでもいいことなんだ。偏差値なんて、学歴なんて、その最たるもので、決して本質的なものではない。

 もし君が10代なのに、そんな「大人」みたいな濁った眼になりかけているのなら、取り返しのきくうちに目をすすごう。そうすれば、まったく違った景色が見えてくるはずだ。見えなかった光が、目に飛び込んで来るはずだ。

 受験屋の僕にとって、教え子をいい大学に受からせることは、たしかに大切だ。でも、それ以上に大切なことがあることを忘れたことはない。

 僕は腐りきった超エリートをいくらでも知っているし、逆に、素晴らしい中卒の職人も知ってる。当たり前のことなのに、だが、だからこそ皆わすれてしまっている。だからあらためて言おう。

 人がそれぞれに求めるべき幸せに、共通のものさしは存在しないんだ。

 人が狂う原因の多くは、周りの目に左右されすぎることにある。自分以外が作った軸に、身を委ねてしまうことにある。そんなことに惑わされちゃいけない。大切なのは、いま、この瞬間を全力で生きること。自分の意志で、自分の向かうべき方向へ生きようとすること。大人の言うことを鵜呑みにしないこと。疑問を持ち、自分の頭で考えること。

 そのための一歩を踏み出すことは、いつだって、誰だってできる。15で死んだような目をしてしまっているヤツもいるが、80でも青年の目の輝きをしている人もいる。自分が踏み出そうと思えば、いつだって踏み出せるし、全力で生きていくことができるんだ。そして、そこにこそ、生きることの充実、喜びが生まれるのだと思う。

 いまこの国に足りないのは、生きることの充実、喜びを、身をもって示せる人間だ。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、そのすべてを引き受けて、全力で生きようとすることの素晴らしさを、若い奴に伝えられる奴がいないことだ。

 「今の政治家の生き方を真似ろ、今の政治家のように生きればいいんだと、なぜぼくらに向かって大きな声で言えないんですか?」
(『希望の国のエクソダス』 p310)

 14歳の彼らに政治家が答えられないなら、僕が答えよう。

 生き方に「答え」なんて存在しない。それは、自分で見つけるべきもなんだ。一瞬一瞬、傷つきながらも全力で、倒れたら這ってでも前に進んで、そしてはじめて手に入れられるのが、自分の生き方なんだ。

 「生き方」を求める過程で、安易に人に頼っちゃいけない。人が教えられることには限界があるのを知ろう。突き詰めればこの世に「教育」なんて存在しない。結局のところ、僕らは傷つきながら自分で学んでいくしかないんだ。

 でも、目の前にあまりに希望がなくて真っ暗闇で、どこにも進めないように感じるのなら、僕を見てくれ。僕を真似てくれ。

 学校を辞めろとか、大学を留年しろとか、そんなことを言ってるんじゃない。僕はどうしようもないクソ学生に過ぎないけれど、自分の信念に従って全力で生きていることは、生まれてから死ぬまで変わらないだろう。これまでも、その軌跡をウェブに書き続けてきたし、これからも書き続けていくだろう。その姿は、ごくささやかであれ、ひとつの光になるはずだ。

 そして。

 目には見えないけれど、この国にはそうしたささやかな燈が、たくさん灯ってることも覚えておいてほしい。僕の周りにだけで、数十の灯火がある。それらが寄り集まり、ひとつの太陽のように世を照らすようになった時、希望へと続く「道」が生まれ、たくさんの若者が全力で駆け抜けるイメージが、僕の目の前にあるよ。

 大丈夫、未来は暗くない。

 希望のない国のように見えるけれど、僕はそうは思わないし、ましてや逃げるようなことはしない。愛するこの場で、愛する人々と、僕はやっていく。どこかに逃げるのではなく、この場で戦うこと。「希望の国の創世記」を、一筆一筆、愛でるように書き続けること。そうして、僕はこの国にホンモノの「希望」を創りだしていく。

 かっこいいことを言っていても、もちろん、僕にだって挫けそうになる時はある。でも、僕はそのたびに心を暖めてくれる先人たちの言葉で、なんとか生き延びてきた。そのひとつは、僕が昔住んでいた家の便所にあった。その壁には色褪せた色紙がかけられていて、そこには祖父が僕にくれた言葉が書いてあった。

たったひとりしかない自分を、
たった一度しかない一生を、
ほんとうに生かさなかったら、
人間、生まれてきたかいがないじゃないか
山本有三『路傍の石』

 生きる意味なんて、究極的には存在しない。でも、生きることを喜び、楽しむことはできる。せっかく生まれてきたのだから、「生まれてきたかい」のある人生にしよう。そのために必要なのは、自ら一歩を踏み出し、行動を起こし続けること。すなわち、全力で生きることだけだ。

 幼いころから僕は、あまりにも古くさいこの言葉を、だが無意識のうちに反芻してきたのだと思う。

 25年間生きてきて、確かなことなんて未だ少ないが、これだけは間違いなく言える。幸福は、自分で掴もうとしなければ掴めない。いいかい。自分の幸せを手放さないこと。人の価値に自分の人生を狂わされないこと。自分の人生の舵は、自分で握っていくこと。それだけは忘れないで生きよう。そうすれば、自ずと道は拓けるから。


 一昨日、ある友人がくれた言葉を、君にも伝えよう。

 「未来は、僕らの手の中に。」

 希望を手の中にぎゅっと握り締めて、今日も新たな一歩を踏み出していこう。





 最後に。

 最近出会った、もうひとつの「希望」を紹介しておきたい。彼は落ちこぼれの不良時代から一念発起し、米国留学を経てエリート商社に入るも、その道を蹴って自らの信念に従って全力で生きている、24歳の若者だ。ここにもまた、「希望の国の創世記」が綴られている。

 ソーシャルビジネス ベンチャー日誌

 彼が人生を賭けた「マザーハウス」という会社自体は、代表が「情熱大陸」に出たり、本を出版したりしているから知っている人もいるかもしれない。彼はそこで中核的な人材として事業を担っている。

 彼はまだソーシャルベンチャーに参画した一人の若者に過ぎないが、おそらく、そう遠くない未来に彼自身が表舞台で輝く日がやってくるだろう(彼には20代がまだ6年も残されてる!)。

 こうした希望の光が少しずつ寄り集まることで、世の中が照らされ、後に続ける道が生まれ、僕らの住む世界は変わっていくのだろう。こうした出会いがあるから、希望を捨てずに歩んできてよかったと心から思える。彼も書いてくれたけれど、僕も本当に今年一番と思えるくらい美味いビールを飲めた。



 ひとり、またひとりと仲間は集まっていく。「大人」たちが何を言おうとも、僕らがいる限り、希望の燈が消えることはない。そう語っても信じないのが「大人」だが、すべてを黙らせるために、僕らは結果を追い求め、それを彼らに叩きつけていくよ。
2008年11月17日

佐多への祝電@REVOLVER打ち上げ


 SHOCKERSのタミフルから、REVOLVER(早稲田祭エンディングステージのダンスサークル5団体の混成ユニット)の打ち上げで使う「佐多さんへの電報をお願いします!」と言われて書いた文章。つい長くなってしまって…こんなのを宴会で読ませて申し訳なかったです。せっかくなので佐多くんを知る多くの人に読んでもらいたいなと思い、blogに転載します。

**********

 佐多くん、そしてREVOLVERの皆さんへ(長くてごめんなさい)


 佐多くん。

 君と最初に出会ったのは、君がまだ新入生の頃でした。黒髪でオールバックの君が、ビシっと決まったスーツを着て、雄弁会のブースで議論していた姿が記憶に残っています。その後1年くらいすると、君は陰毛のかたまりみたいな髪型でボイトレをはじめていて、僕は呆然とした覚えがあります。あの頃の、先輩とも、仲間とも、見境なく喧嘩をしていた君が懐かしいです。

 その後、君は元カノに決定的に振られた挙句、酔っ払って家にやってきて、「死にたい」とこぼして泣きながら眠りについたりもしていました。そういえば、君と共にMEGA PEACEを立ち上げたのは、もう1年半くらい前になるんですね。君の変化、成長には驚かされます。

 最近の君は、相変わらずなところもあるようですが、素敵な仲間に囲まれて、とても幸せそうだなと思っていました。でも、そんな君は、早稲田祭の翌日、「早稲田王のお祝いに何かごちそうしてくださいよー」と、僕にメールをくれましたね。それから、REVOLVERの打ち上げの前日(つまり昨日)にも、再び「何かごちそうしてくださいよー」と、僕に電話をくれました。わざわざ文無しの僕なんぞに電話してくるということは、相変わらず、懐(ふところ)だけでなく、心も寂しいままなのでしょう。

 そんな佐多くんを支えてきてくれたREVOLVERの皆さんへ。

 ご存知の通り、今の佐多くんは絶好調です。彼がどんなにmixiで弁解しようとも、僕の5年近い付き合いから断言しますが、この後、100倍くらいの落差を感じさせるマイナスモードの佐多くんがやってきます。そんな時にこそ、どうか不器用に頑張り続ける彼を思い出して、見捨てないでもらえたらなと思います。早稲田に大迷惑をかけ続ける、しかし愛すべき男を育ててしまった一人の先輩として、どうか、心からお願いします。

 再び、佐多くんへ。

 今年もまた、同期や、ひとつ下の代が卒業していくのを見て、人一倍涙する寂しがり屋の君の姿が目に浮かぶようです。その時にちゃんと別れを言ってもらえるよう、せっかく持った最高の仲間たちを、もう失わないように気をつけてください。身近にいる人を大切にして、もう少し素直になれれば、君の周りの人たちも安心するんじゃないかと、僕はずっと思っています。

 早稲田王おめでとう。そして何より、素敵なステージでした。これからの君のますますの成長を楽しみにしています。


 政友会員、および、MEGA PEACE vol.1代表、6年、馬場祐平




 【YouTube】 上段、リボルバーの、下段、男祭の、佐多くん。
2008年11月15日

日本の縮図で

 いろんな意味で残念極まりない早大生の逮捕。周りからは「そりゃ、いるに決まってるよな・・・」という諦めに似た声が聞こえてくる。これだけ流行っていれば、そりゃ、いるに決まってるんだけろうどさ・・・。

 早稲田大学の学生は、自らの所属する大学を日本の縮図だと語る。そう。良いところも悪いところもすべて含めて、確かにここは日本の縮図だと思う。日本という国に課題が山積しているのと同様、この大学には数限りない問題が潜んでいる。

 僕らの目には「見ようとしたもの」しか映らない。だから、意識しないと目につかない。嫌なことは誰だって見たくないものだ。大切なのは、そこにある問題を見ようと意識すること。すると、見えてくるものは少なくない。

 日本の政治や世界情勢について語る時、同じくらいの熱意で身の周りに目を向けてみること。自分の大学を誇らしげに「日本の縮図だ」と言う時には、同時にそこに隠されている問題に苛立ちを覚えること。それが僕らの責任だと思う。

 これだけ大麻の報道がなされる中で、早大生の逮捕は鬼の首を取ったように扱われる。それは、僕らへの期待の裏返しなのだ。だからこそ、僕らには諦めの溜め息をもらす前にやるべきことがある。そのことにもっと自覚的でありたいと思う。

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 最近の教訓。常に最悪の事態を想定しながら生きるということ。でなければ、危機に遭遇した時に対応することができない。これを学べてよかった。
2008年10月5日

EXPLOSION -爆発-

 大学生が大規模に行うイベントの多くは、よそからブランドを借りてきて箱を埋める形式のものが多い。僕がやってきた政友会の講演会などはその最たるもので、呼ぶ政治家の知名度によって客の入りが露骨なまでに違う。本人達がどれだけ広報を頑張っても、ブランドがなければ客が埋まらない。だからこそブランドにこだわり、その上でいかに集客へとつなげるかという部分が多くのイベント運営の肝になる。

 それはそれで学ぶべきことが多く、意味のあることだ。ただ僕自身は、自前で価値をつくることを大切にしてきた。意味のないところに、意味を作り、見出していくこと。そしてそれを広めていくこと。言い換えればブランディングだ。それは個人のレベルでは「自分創り」と言えるだろう。自ら問いを投げかけ、意味を見出し、自前の価値をつけていくということ。

 ブランドを借りてくるのではなく、自前でブランドをつくること。他には替えられない価値を創るということ。僕は個人においても、組織においても、そこに魅力を感じる。

 昨夜のSHOCKERS STAGEは、まさしくSHOCKERSが5年間に創り上げてきた価値が表出されていたと思う。大隈講堂が大入り満員、立ち見まで出ていたことだけでも十分に証明されているだろうが、それ以上の魅力を僕は感じた。

 正直に言えば、僕は大学生が作るイベントの多くに失望してきた。仲間がやるイベントを除けば、単純なイベントとして芯から心が震えるものは少なかった。僕の感受性や想像力が及ばなかったこともあるとは思う。でも、友人が多かったという贔屓目を差し引いても、昨日のSHOCKERS STAEGはエンターテイメントとして最高だった。それは、彼らが観る人を本気楽しませようという心を共有していたからに思える。

 「ショックを与える」という意味の込められた雷マークのSHOCKERS。「日本を元気に!世界を笑顔に!」というモットーの彼らのステージは、見る人にエネルギーをくれる。「EXPLOSION -爆発-」というテーマに違わぬ、彼らの全力で、命懸けで、何より笑顔で取り組んでいる挑戦を見て、僕自身、自分の笑顔をもうすこし明るくしよう、と思わされた。

 金をもらわないアマチュアのイベントの多くは「自己満足」で終わりがちだ。SHOCKERSは日々の弛まぬ努力に加え、「応援する」という元々のコンセプトゆえに、観客を楽しませようという意識が生まれやすく、あれだけのステージを創り上げることができたのかもしれない。学生が自己満足で終わってしまうのは技術的に仕方ない部分がある。でも、だからこそ、その分だけ彼らの意識の高さを見習うべきであるに違いない。

 SHOCKERS STAGEで始まった後期の早稲田のイベントは、今年も自前の価値を創ろうとするチャレンジングな企画がたくさんあるだろう。僕の周りだけでも、10月末の稲穂祭、11月頭の早稲田祭、そして12月11日のWEF(Waseda Entertainment Factory)に、12月28日のMEGA PEACE vol.2と続いていく。

 WEFの面々が昨日のSHOCKERS STAGEを見て(素晴らしすぎて)ずいぶんと凹んでいた。たしかに、それだけのものだった。自前の価値を創ることの難しさに直面している彼らが、ここからどれだけ奮起するのかが楽しみだ。


 【フォト】 終演後にもなかなか人が去らない大隈講堂前で、SHOCKERS立ち上げ人の一人で、復帰組のぎっちょ君と。ショッカー役で「これからどうする?」と言う彼に、「卒業しろ」という観客からの声がこの日一番笑えた。
2008年6月16日

京都から戻って

 学生と言うのが憚られる年齢ながら出席してきた京都での学生首脳会議。何人かの参加者に聞いた話だと、関西でこれほど社会に対する意識の高い学生が集まることはあまりないとのこと。たしかに彼らの物怖じしない姿勢には驚かされた。集まっていた約200人の学生たち、雰囲気からして優秀そうでもあった。なにより関西はさすがに「笑い」のレベルが高かった。いやもう、高すぎるよ。

 イベントの最中、積極的にマイクを握ったのもあってか、その後の懇親会ではたくさんの人が声をかけてくれた。驚いたのは、僕と彼らとの間に共通の知人が少なからずいたこと。ビジネスコンテストの経験者が多くて、KING代表だった稲着や、栗山くんの話題で盛り上がった。同じ匂いを持ってる奴らが寄ってきていたのだろう。

 新しく人と話すたび「で、何をやってる人なんですか?」と聞かれる。僕は「所属の壁を超える」というコンセプトではじめたMEGA PEACEを踏まえて、「若者の間にある東と西の壁を越える、第一歩として今日は来たんだ」ということを語っていた。

 彼らの質問ひとつひとつに全力で応えていたら、2時間の懇親会はあっという間に終わってしまった。携えていった30枚の名刺はすぐになくなり、途中から本やメモの切れ端に連絡先を書いて渡すほどだった。少なからぬ人の心のフックに引っかかることができたという手応えはあった。

 でも実際のところ、あの短時間で僕の想いは、ほんのわずかしか伝わらなかっただろう。

 自分自身が何者であるのかを、限られた時間の中で伝えるのは難しい。多くの人と話した分だけ、一人と話せる時間は減ってしまう。5分や10分で伝えられるのは、せいぜい自分と波長があうか否かといったところまで。それから先は、よほどのことがない限り「また機会があれば」ということになる。でも現実には自分のことで日々精一杯の僕らが、その「また」という機会を実現することはあまりない。

 「面白い」と思ってもらえたとしても、その場限りで終わってしまってしまう。ある瞬間に盛り上がったとしても、その後に続かないと残るのは寂しさだけだ。それを繰り返すうちに、一歩踏み出すことが億劫になっていく。踏み出しやすい場所でだけ勝負をするようになっていく。そういう傾向が、今までは確かにあった。

 でも、今回は違った。

 「『午後2時』かフルネームで検索してくれれば出てくる。そこに僕の伝えたいことが、断片的にだけれど書いてある。よかったら見てほしい」 踏み出すことを臆さず、そう言い続けることができた。わずかな時間しか話していなくても、その一言からいまこの記事を読んでくれている人もいると思う。

 このblogはお遊びで書いてるんじゃない。ひとつひとつの記事に、その時々の想いを込めている。文章という手段では伝えられるものに限りがあるにせよ、できるだけ読んでくれる人の心に届けと願い書いている。

 全力でやってる分だけ、上手く書けない日はしんどい。かっこいいことばかり書けるわけもないから、読み返して落ち込むこともある。なにより、誤解された形で伝わるのがいちばん辛い。

 それでもなお。

 たった一言、blogのタイトルを添えるだけで僕の想いが伝わるかもしれないのなら、たとえリスクを背負ってでも、もっと踏み出さなきゃならないだろう。踏み出し続ける道の過程では傷つくこともあるけれど、その分だけ歓びも生まれる。自分の想いが、誰かの心と響き合う歓びだ。その歓びのためになら、たとえ這ってでも前に進もうと僕は思っている。

 夜行一本で行ける距離なのに、僕は関西のことを何も知らなかった。こうしてすこし踏み出してみるだけで違う世界が見えてくる。どこに繋がるのかはまだ分からないが、とにかくまた一歩踏み出してよかった。僕を暖かく迎え入れてくれた人たちに感謝したい。


 このblogは僕の踏み出し続けた日々の記録だ。内容はもちろんのこと、本気で書くという行為自体が僕なりの踏み出し方だと思ってる。これからも僕は一歩ずつ踏み出していくことを続けるだろう。この歓びを知ったからには、どれだけ転んでも、もはや歩みを止めることはない。


 【フォト1】今月の15日でうるとらカフェ5周年! 僕やジョンが入学した年にできたこのお店、まさか5周年を祝えるとは想像してなかったけれど・・・。笑 今や金城庵と並んで、道塾スタッフの昼会議でいちばん使うお店。

 【フォト2】うるとらのスタッフの、気さくで元気なおふたり。左が店長の菊地さんで、僕がよく食べるのは彼の名前の入った「キクチーズ」。MEGA PEACEの展示で使わせてもらったのをはじめ、いつもお世話になっています。

 【フォト3】ご飯を食べたらもらえるマグカップ(たぶん明日までの限定)。早速使わせてもらってます。ちなみに明日までビールも300円。奇跡。

うるとらリンク:うるとらカフェ情報とスタッフblog
2008年6月14日

京都にて

 昨日の夜、新宿駅から夜行バスに乗って西へ向かった。高速道路を単調に走り続けるバスは妙に目が冴え、いつも到着間際になってようやく眠気がやってくる。

 このところ今ひとつ調子が出ない日々が続いていた。このblogも、1ヶ月くらい前にはじめた読書メモのblogも更新していなかった。年初から張りつめていた糸が緩んだのか、仕事の抱えすぎで力が分散してしまったのか。世一の言う「うにうに」という状態なのかもしれないと思ったりもした。

 けれど、留まるのはもういい加減やめにしよう。それは大学のはじめの4年間でやり尽くしたはずだ。バスのシートに身をもたせ、自分に言い聞かせる。ようやく僕は走りはじめたんだ。もう決してあそこに戻るわけにはいかない。


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 昨日の夕方、ある人からmixiを通してメッセージが届いた。「最近自分が冷めてて熱をもらいたいから飲みいこう」という内容だった。僕は友人のmixiやblogはすべて読んでいる。だからしばらく会っていなくても、彼が苦しんでいるのは知っていた。電話をかけると、すぐ駒場から早稲田まで来てくれることになった。僕は事務所で待った。

 彼と会うのは3,4年ぶりだった。前に会ったのは、たしか大学2年の時だ。あの頃は東大の理系に在籍していたが、今はロースクールで法律を学んでいた。

 今まで僕が出会ってきた人々の中でも、彼は飛びぬけて優秀な存在だと思う。普通にやってれば超一流の外資系コンサルあたりにさくっと入りそうな雰囲気。頭は切れて、行動力もある。人当たりもよく、かつ社会に貢献したいという意思まである。パーフェクトに思える男が、たとえ苦しむことがあるにせよ、僕に声をかけることに驚いた。

 彼はすぐにやってきた。せっかく声をかけてくれた彼に、僕が伝えられるものがなきゃいけない。そう思いながら、大隈講堂で、わっしょいで、Outsider7.7でと、場所を変え酒を変え飲み続けた。

 「絶不調でさ、元気を分けてもらいに来たんだよ」と彼は言った。それは事実なのだろう。mixiを読み、彼の話を聞けば、状況は分かる。

 僕はblogで「勝負し続けている」と語ったばかりだった。自分が伝えるべき熱を持つべきだと思っていた。そういう見栄もあって、僕は構えすぎていたのかもしれない。久しぶりに会ったという以上に、僕らの会話はぎこちなかった。

 絶不調だと語る彼は、しかし日々の生活において自分のスタイルを貫いていた。彼の目も死んではいなかった。約束されていた道を自ら離れ、踏み込んだ険しい道を苦しみながらも走り続けていた。彼はこともなげに言った。「やると決めたことはやる。それを取ったら俺には何も残らないからね」

 彼の言葉に全力でまっすぐに返す力は、今の僕の中にはなかった。

 「絶好調で、勝負し続けている」と語る僕の目は、濁りかけていたのだろう。これほどまっすぐに走っている時もなかっただろうと思っていた僕は、いつしかスタイルを失っていた。時間にも仲間にもチャンスにも恵まれているのに、しかし全力で走ってはいなかった。


 高速バスが休憩所で止まる頃には酔いも醒めていた。

 すこし落ち着いて自分に問う。あれだけ苦しんでいる彼が必死で走ろうとしているのに、勝負し続けていると語る俺は、いったい何をやっているんだ?

 話がぎこちなかったのは、彼が求めているものが実は彼にあり、僕が伝えようとしているものが実は僕の中にない、ということだったと思い至った。

 そう思うと情けなくて恥ずかしくて悔しくて、高速道路の休憩所のベンチで僕は叫んでいた。


**********



 昔より、少しずつ強くなっているのだと思う。耐える力がついたのだと思う。叫べば、翌朝には立ち直れる。

 少し前のエントリー(「ギークとスーツと想像力」)で「東のWASEDA・西のKYOTO」と書いた。いま、その京都にいる。目的は学生首脳会議なるものに出席するため。ウェブを通じて縁が生まれ、この団体の主宰者の方に声をかけていただいた。すこし遠いけれど、あえて一歩踏み出す。

 夜行バスを降りて鴨川を歩いて、四条河原町のネットカフェにたどり着いた。雨じゃないといいなと思っていたら、半袖ジーンズにサンダルじゃ寒いくらい、からりと気持ちのいい朝だった。シャワーを浴びて、この文章を書きえて、午前11時。そろそろ開場の時間だ。すこし鴨川を散歩したあと、ちょっくら暴れてこよう。


【フォト1】 鴨川
【フォト2】 高瀬川
2008年5月18日

続・一歩踏み出す

 5月5日に「一歩踏み出す」というエントリーを書いた。その最後を「どこに踏み出すかって?今の俺には、もうここしかない。『ウェブ』という新たな世界。この話の続きは近いうちに。」と結んだ。今日はその続き。

 ネットをヘビーに使う人たちの一部で有名な「はてな」と呼ばれる会社がある。僕がよく引き合いに出す梅田望夫が取締役をしていて、代表が「へんな会社」のつくり方 なんて本を出してる、ちょっと変わった会社だ。「はてなダイアリー」や「はてなブックマーク」 といったサービスが有名で、結構な人数のユーザーがいる。僕も「ブックマーク」をウェブ巡回メモとして使っていて、最近「ダイアリー」を読書メモとして使いはじめた。

 その「はてな」内のとある「ダイアリー」で、これを見てる人たちで集まって飲もう、という企画が生まれた。ウェブの世界に一歩踏み出す、と決めていた僕は主催者にメールを送り、ジョンと一緒に参加させてもらった。主催者の方が当日の様子を伝えてくれているので、会の詳細についてはそちらで。結局、あまりに面白くて二次会までついて行ってしまった。

 この会で印象に残ったことをふたつ。ひとつ目は、「文系の凄い人たちはまだウェブに出てきていない」というある参加者の言葉。ふたつ目は、僕と同年代の人が少なかった、という点だ。

 「文系の凄い人はまだウェブに出てきていない」という点は僕も強く感じていた。元々「はてな」が理系ユーザーに好まれるから理系の存在感が高いというのもあるけれど、そもそも文系の人は本格的にウェブの世界に入ってきていない。文章は書籍で出版・購入すりゃいいでしょ、という感覚が根強いように感じる。

 日本は文理の区別が強いが、その中で「自分は理系です」という日本人は総人口からするとかなり少ない。「文系」がウェブでの存在感を増していかないと、ウェブは理系寄りの限られた言論空間のままになってしまい、本来のパフォーマンスを発揮できない。

 文章を書く、というのはそれこそ「文系」が担ってきた仕事のはずで、それを通じて可能性を大きく拡張するウェブの世界に、当の文系が進出していないのはもったいない。梅田望夫と対談した斉藤孝のような「文系の大家」が本気になってウェブを推奨すれば面白いのだけれど、残念なことに「僕はblogはいいよ」という結論に達してしまう。

 英語圏のサービスに参入できない日本人は、自らの言語空間を拡張して独自の文化を築いていかないと、世界に取り残されると僕は思う。資源のない日本において、勝負できるのは「独自の文化」しかないだろう。ウェブはそれを加速してくれるのに、「文系の凄い人」はウェブの世界ではまだまだ発掘されていない。

 ふたつ目の若い人が少なかったという点だが、僕の世代の参加者は15人中4人だけだった。それもすべて男。参加する方々の年齢が(僕らの世代と比べると)高かったから、というのもあるけれど、こういうウェブを通じての集まりに素敵な女子大生が参加するのが当たり前になるくらいでようやく、未来を担う若者にウェブが浸透したね、って言えるのだと僕は思う(冗談ではなく)。

 否定的なことばかり書いてしまったけれど、「だからダメなんだ」と言いたいわけじゃない。日本におけるウェブ利用はまだまだ黎明期で、だから俺達が率先してやろうぜ、これはチャンスなんだよ、ということを伝えたいんだ。


 はてなでの読書メモをはじめたのは3日前。その初日、『私塾のすすめ』のメモを書いたら、著者である梅田望夫がすぐさま「スター」を付けてくれた。スターというのは「はてな」における「読んだよ、いいぜ、頑張れよ」ってサインのようなもの。遥かカリフォルニアの地に(多分)いる梅田氏に「応援してるよ」と背中を押されたように感じた。

 先の飲み会には、その梅田氏と家族ぐるみの付き合いがあったり、仕事上で一緒になったことがあったり、あるいはインタビューを受けていたり、といった人達がいた。僕は彼らのblogを知っていたけれど、当日その場ではほとんど分からなかった。

 本人とblogが結びついたのは飲み会の後、自宅でウェブを確認してからだった。「ああ、この人だったのか!」って。それぞれに面白い経歴があって、リアル社会でも活躍していたり、「はてな」で人気のあったりする人たちだ。ちょっと勇気を出して一歩踏み出せば、面白い人、自分に合う人と出会うことができるのをリアルに感じられた。すると、ますますウェブが面白くなる。

 こういう世界が、手を伸ばせば届くところにある。このblogを読んでくれてる人の多くは早稲田生やその卒業生あるいは早稲田を目指している人が多いはず。そういう人たちこそ、今いる場所から一歩踏み出して、新たな世界に進むべきなのだと思う。「文系」かつ「若い」僕ら、せっかくのチャンス、一歩踏み出していこうよ?

 ウェブを通じて、現実世界の踏み出しも増える。現実世界にもウェブ世界にも、一歩踏み出し続けて行くことで日々は楽しくなる。それが広まれば日本の若者は盛り上がってくる。

 それを少しでも実現するために、まず早稲田を横につなげる会、それからウェブで若者を横につなげる会、この二つを近いうちに企画しようと思ってる。「一歩」というさざなみが、連なることで大きなうねりへと変わっていくことを信じて。

 「文系の若い奴」といったら俺だろ!という覚悟で、僕はフルスピードで踏み出し続けるよ。


 最後に。

 横浜小会議、やんちゃな若輩者の僕を、笑顔で快く迎え入れて下さった皆さんに、本当に感謝。


 【フォト1】 庄司誕生会。25歳になるおっさんのために、夜の大隈講堂まで何十人と仲間・後輩が来てくれるたぁ、彼は幸せ者です。僕からも感謝。

 【フォト2】 第二八愛ビル、ついに退去してしまったね。残念だけれど、これも皆の新たな一歩でしょう!俺もたくさん世話になりました。ありがとう。たぶん彼は(ジョンと並んで)大いに寂しがってるので、みんなで応援してやりましょう。
2008年5月9日

ギークとスーツと想像力


 中島聡、という男がいる。

 1960年生まれで、Windows95、98、IE3.0、4.0といった、Microsoftの名を庶民にまで知らしめたソフト開発の中心にいた人物だが、この人、ITの世界の第一線で活躍してきた人にしては珍しい早稲田出身者。それも学院から院までの純血だ。著名なブロガーでもある(「Life is Beautiful」)。

 少し前に彼の著書『おもてなしの経営学 アップルがソニーを超えた理由』を読んだ。巻末の梅田望夫との対談が興味深かったので引用する。

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 梅田 中島さんの「ギーク・スーツ」論、面白いですね。テクノロジーの会社が伸びるのは、ギーク(技術者)族の心をつかむのが上手なスーツ(経営者やビジネスマン)がリーダーシップをとったときと、抜群のビジネスセンスを持ったギークがリーダーシップをとったとき、ギークとスーツが絶妙のコンビを組めたときのいずれかであるという話。

P223 「『ギーク』『スーツ』の成功方程式」

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 彼らは「ギーク」と「スーツ」という言葉を頻繁に使う。ギーク=技術者、スーツ=経営者・ビジネスマン。この対談の中で、『ウェブ進化論』で名を馳せた梅田は、自分はスーツ側の人間であり、中島はギークとスーツの間に立っている人間だと語る。

 Windows開発の中心にいて、今もなお現役でソフト開発をしている彼は正真正銘のギークである。にも関わらず彼の語るITの世界は、なんとまぁ豊穣で魅力的なことか。そんじょそこらの小説なんかより、ずっと面白いストーリーで僕の心を震わせる。そういう中島聡の持つ「スーツ性」を梅田は指摘したのだと思う。

 ユーザーに心ふるえる体験をさせることを中島は「おもてなし」と呼ぶ。そしてタイトルからも分かるように、経営=スーツ側には「おもてなし」が必要だと述べられる。

 僕は生粋のスーツだ。僕の周りにいる人の多くもそうだろう。技術を持たないスーツに必要なのは「おもてなし」の心だというのはよく分かる。その上で、「おもてなし」の対象を「ユーザー」だけに限らない言葉として、僕が好きな「想像力」というフレーズが浮かんでくる。

 組織とは「人が集まることで、一人じゃできないことを達成する場」だ。ただ、単に集まるだけじゃ何も生み出せない。そこで集まった人々が協力しあうことで、チームの最大限のパフォーマンスを発揮し、組織の秘めた力を最も引き出せる。その結果、価値のあるものを生み出すことができる。

 その際に必要なのが他者への想像力だと僕は思う。

 想像力がなければ、チームプレイは難しい。チームにいる人と人との間に溝を作るからだ。そして溝のあるチームが、ユーザーとの間にある遙かな断絶を超えられるはずもない。だから想像力を欠いたチームから、ユーザーの心を震わせる企画は生まれにくい。これは営業だって、マーケティングだって、製作だって同じだろう。


 想像力の有無。

 その違いが具体的に何を生み出すかと言うと、あえて単純化すれば、例えばソニーのPS3と任天堂のWiiが挙げられる。PS3を出した当時のソニーはギークvsスーツの対立が社内であり、その影響もありギーク(技術)側に寄った製品になった。逆にWiiはギークとスーツがうまく調和し、想像力と技術が組み合わさり、新しいスタイルでユーザーの心を掴むことができた。

 任天堂の岩田社長は純粋な理系人間だけれど、僕の中では「おもてなし力」でダントツの糸井重里とえらい親しくて(対談記事)、一緒にゲームの開発(MOTHER3)をしたほどの仲だ(ちなみに一度頓挫したこの企画は、岩田が任天堂の社長になって実現する)。ビジネスにおいて成功失敗の理由なんていくらでも後付けできるにせよ、何かを生み出そうとする時、やはり僕はこういう「想像力の有無」が決定的な違いを生むと信じる。

 ユーザーだけでなく、チームの仲間に対しても「おもてなし」の心を持つこと。それができるか否かは、どれだけ他者への想像力を持てるか、という一点にかかっていると思う。

 想像力を持つ。相手の立場に立つ。

 手垢にまみれた言葉だけど、意外と難しいからこそ語られ続けるのだと思う。実際、やってるようで、やってない。ごく些細なことであれ、相手の立場に立つ「つもり」になるだけで、僕は少なくとも数分かかる。この忙しい日々の中で立ち止まって、数分かけて相手の立場に立った「つもり」になることが、いったいどれくらいあるだろう? もっと難しい問題では、どこまで僕は相手に寄り添っていられているのだろう?

 最近、自分の想像力の欠如を痛感することが多い。まぁでも、僕の個人的な話は措いておこう。


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 今後、シリコンバレーのようなギーク達の集う場所が日本にも勃興してくるだろう。筆頭は京都。慶應SFCの周りもそうなんだろう。そうした地域を「ギークエリア」とするならば、それに対する「スーツエリア」があってもいいはずだ。そして、早稲田が今後パフォーマンスを発揮できるとしたら、そこしかない。

 スーツの持ち得るいちばんの武器、想像力。それを鍛えるべき環境が、早稲田には揃ってる。芥川賞や直木賞の受賞者数ひとつとっても、早稲田は飛びぬけている。母数や文学史的な側面も大きいだろうが、そうしたことも含めて、想像力を鍛える土壌が早稲田にはある。

 僕の恩師である原さんがいつも言う。想像力のない人間は人の上に立つな、と。自分視点でしかなく、他者の視点を持てない人間は、周りの人間を傷つけるんだ。

 ギークが日々新たな技術を身に付けていくように、スーツは日々想像力を磨いていかなきゃならないと思う。そのために必要なのがリアルな人との対話なのだと僕は思ってる。リアルな人との対話なしに、人の心を掴む物事は生まれてこない。

 リアルな対話は「一歩踏み出す」場所での摩擦の中でこそ起こる。一歩踏み出したその場所で、僕らはたくさんの傷を負う。でも、そういう傷を受けてこそ、他者が求めていることに想いを馳せられるようになるのだろう。

 時々、未来のことを考える。歩む先でこれから受ける傷を思うとぞっとする時もあるけれど、その分だけ心ふるわせ流せる涙があることを思うとき、たまらなく楽しみになる。やっぱり踏み出さなきゃなぁ、と思う。



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 中島 日本のエンジニアはナイーブというか、「欲」がないぶん、損しているのではないでしょうか。

 梅田 「欲」というのは作ったものを全世界の人に使ってもらいたいという欲、それとももうちょっとドロドロした金銭欲みたいなものですか。

 中島 金銭欲ではなく、良いものを作ろう、そして自分の作った良いものを世界に広めようという欲でしょうか。「これで世界にインパクトを与えよう」という欲と言い換えてもいいかもしれません。日本のエンジニアには、そのような発想もスキルもツールもない。

同P233

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 「ソーシャル・ベンチャー・タウン構想」というのを最近僕は考えている。「これで世界にインパクトを与えよう」という欲が、早稲田ほど渦巻いている場所はほかにないだろう。ソーシャルベンチャーの中心となる人間を育てるにはうってつけだ。ただし現状、早稲田には技術やツールをもった人が少ないから実現できていない。なら、技術やツールを持っている人々と手を組めばいい。

 東のWASEDA・西のKYOTOみたいになればいいなぁ、なんて妄想をする。実際、京都と早稲田って、頭の良さはだいぶ違うにせよ(笑)、「在野の精神」は近いところがあると思うんだ。だから手を組みやすいんじゃないか、って。実際、一緒にビール造ったりしてるし。

 ギークとスーツが手を組めば、世界を大きく変えるうねりを起こすことができる。想像力を持ち、ギークを惹きつけるビジョンやアイデアを持ったスーツは、この早稲田なら生み出せるはず。それを証明するためにも、僕がまずそうならなくちゃならない。そして、それを早稲田に広めていきたい。これが僕が「WASEDA」という横文字に込めている想いだ。

 まだまだ夢物語みたいなものだけれど、でもいつの日にか「WASEDA」を実現するためにも、今日も地道に一歩ずつ踏み出していくよ。


 【フォト1】 早稲田に胡錦濤が来てたね。でも夜には誰もいなくなってた。あれだけ騒がしかったのが嘘みたいに。僕はダライ・ラマの記者会見を見て感動したけれど、昼間フリーチベットを叫んでいる人を見ても心は動かされなかった。申し訳ないけれど。

 行動するのは立派だ。でも、あれじゃ誰にも届かないし、歩いてる人に迷惑かけてばかりでチベットの印象を悪くしてしまう。大切なのは胡錦濤に文句言うことじゃなくて、暴力を止めることのはず。政治的な駆け引きは色々あるだろうけれど、みんなもうちょっと戦略的にやればいいのにな、と思う。自己満足で終わってちゃしょうがない。大切なのは結果。戦略的にならないと、実りある成果は得られない。野次馬の早大生も、どうしようもない。たぶん庄司がいたらキレてただろう。ケガ人が出なくて本当によかった。

 いずれにせよ、いろんな立場の人間が入り乱れたら問題が起こるのは当然。この点は、こうした事態が起こるのを見越して企画した大学側は説明責任:アカウンタビリティーを果たしてほしいと思う。学生も入れなかった今回の講演、今のところ大学のホームページでは何一つ触れられていない。

 ※追記 08/05/09 20:55 Waseda-net portalで5月8日(当日)の朝に、1行リンクから「入構制限するからよろしく」という旨のメッセージがあったとのこと(僕はwnpは見てません。すみません)。ただNHKで同時中継され、ヘリが飛びまくることも予想できたにも関わらず、学生には当日の朝にこれを発表するだけ、で大学側の責任を果たしたとは言い難い。職員は一体いくら給料を貰い、何のために大学にいるんだろう? 学生の側も野次馬をやるくらいなら、こうした点を指摘して大学を変えていく方向に動けばいいのだけれど(そうした意欲のある人はだいたい自分の活動で忙しいだろうが、就活終えた4年生あたりにぜひ頑張ってほしい)。

 【フォト2】 中目黒で昼下がりのビールを飲みながら。外は最高に気持ちがいい。

 【フォト3】 うるとらで夕飯前のビールを飲みながら。ソンくんの心遣い(おみやげ)に感謝。この後、帰国したこうすけ(元WIF代表)が突然やって来てテンション上がって飲みすぎた。。。

 明日から早稲田本庄100キロハイク。100キロの道も、すべては地道な一歩の積み重ね。今年は雨で大変そうだけど、みんな頑張れ。僕はジョンと大隈講堂で待ってます。
2008年3月7日

まだ見ぬ早大生へ



 早稲田の合格発表も終わり、合格の報告をもらった。と同時に、倍率を考えれば当然のことだが、不合格の報告もその分だけもらった。 100%の結果ではない塾の結果を手放しで喜べはしない。努力が報われるのも、報われないのも、紙一重なんだなと改めて感じる。「運」に支配される僕らの人生の危うさをつくづく思い知らされる。

 それでも。

 狭き門をくぐりぬけた彼らに祝福の言葉を送ることができたのは、とにかくよかった。そして、今回はうまくいかなかった彼らにも、未来はあると僕は信じている。

 この映像を見てほしい。米スタンフォード大学卒業式での、アップル創業者Steve Jobsによるスピーチだ。大学に入学する人はもちろん、もう1年かけて大学を目指す人も、そして既に大学生活を満喫している人も、大学を卒業して次の場所へ向かう人も。

 はじめてこれを見たのは2008年あけてすぐの頃だった。僕が「第二の人生の幕開け」と語っていた時期だ。大学の22号館で、イヤホンを使って見ていた。するうちに涙が出てきた。そして日々をもっと大切に生きていこうと決意した。あれから幾度も見返しては、勇気付けられてきた。

 Stay hungry, stay foolish.

 卒業生にはこのスピーチだけでいいだろうから、ジョブズほどうまく語れるわけじゃないけれど、今日はこれから大学に入ってくる人たちに向けて、僕なりの想いを伝えたい。今年うまく行かなかった奴は来年これを真正面から受け取れるように頑張ってほしい。


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 まだ見ぬ早大生へ。

 僕は「早稲田」というブランドを、入学した当初は好きじゃなかった。何かというと「早稲田」を叫んで馬鹿騒ぎをする連中は、むしろ嫌いなくらいだった。でも今はそうしたうるさい連中も受け入れられる。楽しんでいるなぁと喜ばしく思える。それは僕が「早稲田」というものを核にした、数え切れないストーリーを積み重ねてきたからだ。

 入学したら心から早稲田を愛せるようになってほしい。そのために、たくさんの素敵な、自分だけの物語を綴ってほしい。自分が主役になった、人の心を動かせるくらいのストーリー。その中で生きることによってはじめて、それにまつわる物事を愛することができるようになる。

 残念なことに、ほんとうに早稲田を愛せている人はごくわずかだと感じる。僕は大学生活の後半を、ひとりでも早稲田を愛せる人を多くしようと思って過ごしてきた。だがそう思えば思うほど、愛せていない人の多さ、そしてそうした人が愛せるようになることの難しさを感じた。

 人生を決定的に左右する場所、時間を愛せないのは不幸だ。できるだけ愛せるように努めてほしいと思う。どうしても愛せない時には、絶望するのではなく、涙を呑んで通り過ぎるという道もあるが。

 僕は今、早稲田を深く愛している。いや、幸いなことに愛することができるようになったと言った方が正確だ。そして、だからこそ言いたいことがある。本当に、心から思っていることがある。夢と希望に胸を膨らませている新入生に言うのは忍びないのだが、今の早稲田はぬる過ぎる、そう僕は思っている。

 海の向こうに目を転じてみよう。

 20台半ばの大学院生が起こした事業が、わずか10年で株式総額20兆円、従業員1万5千人の会社となった。先のスタンフォード大学の出身者ふたりによって作られたGoogleだ。そうした情報が、生のまま世界中にリアルタイムで伝わる今、Googleに続けと世界中の優秀な若者達が全力疾走している姿を想像するのはたやすい。

 かつては日本もそうだった。高度経済成長を担った日本のリーダー達は高い志を持って行動していた。中には若くして独立した人々もいた。松下幸之助がいて、本田宗一郎がいた。いつから僕達は理想となるべき人たちを失ってしまったのだろうか。

 目指すべきゴールやモデルが明確でない今、若者達は未来への希望を失っている。だから、自己満足に耽る。

 早稲田は熱い。でも、それは家の中の暖炉みたいなものだよ。世を照らす太陽にはなりえてない。
 
 新歓では様々な人間に出会うことだろう。「熱い」と思える人に出会うことも少なくないはずだ。尊敬に値する人に出会えたら、その幸運を手放さないようにしよう。自分の人生にかけがえのないプラスの影響を与えてくれる人に出会うことは、なにより素晴らしいことだ。

 それでも。

 そこで満足しちゃいけない。見つけた居場所で安逸をむさぼっていちゃダメだ。外に目を向けよう。Googleがいる。過去を思い出そう。松下幸之助が、本田宗一郎がいた。彼らは世をよりよくしようと本気で生きていたはずだ。生ぬるい空気になんて触れていなかった。自分に対して、社会に対して、真剣だった。

 いまこの瞬間もそれくらい真剣な奴が世界のいたるところにいる。日本のどこかにもいるはずだ。すくなくとも、僕はそう生きたいと思っているし、生きているつもりだ。

 早稲田の大半を占めるのは文系の学生だ。そして現在、日本の文系の学生の多くは技術(テクノロジー)をもたない。Googleの創業者にも、松下幸之助も、本田宗一郎にも、技術があった。だから日本の文系の学生からイノベーションが生まれることは、あまりない。技術は持つべきであるが、理系・文系と括られてしまう日本の教育システムにおいて、文系の学生がそれを持つのは難しい。

 でも、技術を理解することはできる。活用することもできる。テクノロジーはなくとも、それを使うスキルならば鍛えられる。だから、イノベーションを利用して世界をよりよく変えていくのは僕らの仕事だろう。Googleにエリック・シュミットがいたように、本田技研に藤沢武夫がいたように、僕らの力を発揮する土壌はいくらでもある。イノベーションは既に起き、今も進行中だ。それを生かすも殺すも、僕ら次第だ。

 大学に飼い慣らされちゃダメだ。教育システムに飼い殺されちゃダメだ。僕らに秘められた可能性は限りない。それを忘れないでほしい。早稲田は、日本の中でもとりわけ恵まれているんだ。日本でもっとも可能性があると言っても過言ではないと僕は思っている。東大よりも、慶応よりも、桁違いに。

 早稲田には、スタンフォードにも、ひいてはハーバードのようなアイビー・リーグにも負けない底力、可能性があるはずなんだ。海の向こうに渡るだけが脳じゃない、日本でだってやれることはたくさんある。

 そんな訳ないだろ、って声がそこらじゅうから聞こえてきそうだ。そんなことないんだって!だから飼い殺されてると僕は思うんだ。日本の学生は優秀で、潜在能力も高い。飼い慣らされ、可能性を活かしきれてないだけだ。

 第一に、多様な人と出会うチャンスが多い。早稲田には約5万人の人間が集まっている。世界に冠たる都市の中心地に、それも一貫してひとつのキャンパスに4年間通い続けられるのは奇跡だと思う。東大や慶応は基本的にキャンパスが変わる。いままさに僕がそうであるような、5年生と1年生が深く出会う機会なんて、ひとつのキャンパスでなかったらあり得なかった。

 第二に、天才と馬鹿が混ざることで生まれる化学変化がある。5万人の内訳を考えてみればいい。天才もいれば馬鹿もいる早稲田は(僕は当然後者だが)、母数が大きいわけだから、たとえ比率が少なくてもそれぞれの総数は多くなる。人数が多いゆえの多様さもここにはある。多様な天才と馬鹿がめぐり合い化学反応を起こして、まだ見ぬ変化を生むことはできるはずだ。

 第三に、早稲田生の多くがエネルギーを持て余しているということがある。早稲田を卒業する多くの人々の中には将来の日本を背負ってくような奴もいる。ビジネスならば若くして年収一千万円を越すぐらいの活躍をする者も多いだろう。中には億単位で稼ぐ奴もいることだろう。

 社会をリードしていく才能を持つ奴らが、キャンパスでぶらぶらと歩いている。彼らに「なにか一緒にやろうぜ」と声をかければ、金なんか関係なしに乗ってくる風潮がここにはある。これだけ才能ある奴がそのエネルギーを浪費させている場所は他にない。彼らが本気になれば、Googleのように、社会に貢献しながら金を生み出す可能性は十分にある。

 僕はアメリカで暮らしたことはないが、海の向こうには才能ある奴が、その才能を活かしきる土台があると思う。むしろ「才能を活かしたい」と思う人間が多すぎて、それを活かすための場所が不足しているくらいのようだ。才能ある奴がそれに気がつかず浪費している日本と比べると、その意識の違いに恐ろしくなる。

 現状、学生がぬるま湯につかっている状態だと僕は思う。体が冷え切っている。熱がない。だから現実をよりよく変えるような動きが起こせない。

 社会をリアルに変えていくためには、理想だけじゃやっていけない。どうしても金がいる。金が集まらなければ、いくら理想が高かろうとも、それを現実にすることはできない。

 象牙の塔にこもって空理空論を掲げている奴よりも、リスクを取って汗をかく奴が現実を変えていく。だが、ぬるい場所に金が集まってくることはない。せいぜい見せかけのCSRのために金を出す企業がいるくらいだ。だから現実を変えるほどの動きが出てこない。それが早稲田の現状だ。

 本当に世の中の役に立ち、そして価値ある活動を学生がするのであれば、もっとここに資本を集めることができる。「早稲田」は単なるキャンパスと飯屋があるだけの「学生街」ではなく、真に学生と街が一体となって創造的な働きのできる産業都市へ変わることも可能だろう。世界へ発信できる(今のように形だけじゃない)「WASEDA」となる可能性だって秘めているんだ。

 ITの進化により世界は小さくなっている。だから今まで早稲田が持っていた優位性、たとえば地理的なものは失われていくに違いない。

 それでも、だ。

 それでもこの地に才能があふれかえっていることに変わりはないだろう。時代の変化を早稲田の長所と結びつけることで、僕らは過去にない創造を産みだすことだってできるはずなんだ。そのためには大学側の自浄作用になんて頼っていられない。早稲田生が自ら意識改革をし、行動しなきゃいけない。

 どう意識改革をすればいいのか。答えは明快だ。

 自由には責任がある。それを自覚するだけでいい。

 僕ら早稲田生はエリートだ。エリートには自分の人生を選び取る自由がある。自分の思うように、人生を生きることができる。だが、そのありがたみをどれだけの人が実感しているだろうか?エリートとしての自覚を持ち、真に生きている人がどれだけいるだろうか?

 もう一度言うよ。

 僕らはエリートだ。そしてエリートの持つ自由には、責任があるんだ。

 エリートというとすぐ「格差」というような意識と結びつく。そして格差は悪であると連想する。だからエリートは自分をエリートと公言することなく、ひいては自覚することなく生きることになる。

 僕はそれが間違いだと思う。資本主義の世の中において、格差すなわち勝ち負けは必然的に生まれてくるものだ。まずそれを認めよう。格差が生まれてしまう構造だからこそ、エリートが自由と責任を自覚して生きることが必要なんだ。責任を意識すれば、必然的に社会をよくしたいという想いも生まれてくる。

 エリートという言葉には、官僚に代表されるような悪いイメージがつきまとっている。それが間違いの元凶だ。教育をされたエリートほど尊敬に値する人間はいない。誰に言われるとなく努力し、自分に厳しいのに他者の痛みが分かり、思いやりがある。端的にいって、かっこいい。それを斜に構えて非難するようなニヒリストはかっこ悪すぎる。

 僕が用事で外務省を訪ねた時のことだ。節電のために廊下の電気は消えていて、ボロ机に、僕の自宅のよりも安物の椅子で働くエリートがそこにはいた。そんな環境で彼らは昼夜の境なく働き、にもかかわらず国民からは非難されていた。エリートをこういう扱いにしていては、かっこ悪くなるのも当然だ。やる気もなくなるだろう。このままじゃ日本は堕していくだけだ。

 だが、それを伝えるべきメディアの多くはニヒリズムに侵されている。

 日本に真のエリートがいないことが、今の混沌とした社会の要因だと思う。「かっこいい」と思える大人がいないんだ。僕らの世代でかっこよかったのはミュージシャンと一部の芸術家だけだった。それ以外の大人は概してかっこ悪かった。若者が政治家やサラリーマンに憧れないもの当然だ。

 自由を持つエリートに必要なのは、エリートたる者としての責任の自覚だ。政治家が、サラリーマンが、一流としてかっこよければ僕らはそれを目指すだろう。そして、エリートたる僕らは目指される存在でなきゃならないんだ。

 ぬるま湯に使ってちゃダメだ。僕らは社会のエリートとして、日本、そして世界を背負ってく覚悟がなきゃならない。モデルとなる覚悟がなきゃならない。もっと熱を帯びよう。眠りを誘う暖炉の火ではなく、1日の希望を抱かせる太陽の光にならなきゃならない。

 日本はいま、明らかに落ちている。そして今後も落ち続けるだろう。でも、落ちていく時代は、変化を求める者にはチャンスでもある。泰平の江戸に生きるより激動の明治の方が楽しいと思うのなら、変化が必要とされる最高の瞬間に、これ以上ないくらい可能性のある早稲田で生きられるということだ。これを活かさなきゃ、せっかく入った意味がない。

 体が冷えきってしまう前に、ぬるま湯から出て熱いシャワーを浴びよう。その源泉を探そう。本当に熱い場所には自然と人が集まる。今もどこかでそれが起こってる。最高に熱い奴らが集まって、熱が熱を生む連鎖を起こしている場所を見つけよう。そしてできることなら、自ら源泉となって熱を生み出していこう。

 早稲田は今、最底辺にある。そして今のままじゃひどくなるばかりだ。

 心から早稲田を愛してほしい。たくさんのストーリーを作ってほしい。でも、今の早稲田は最底辺だ。こんな場所じゃ、なかなか愛するに愛せない。なら自分で愛せるように変えていこう。チャンスは見えにくいだけで、そこらじゅうに転がってる。

 僕らは、もっと速く、もっと強く、もっと鋭く生きていくことができるはずなんだ。限界はずっと先にある。もっと、もっと、もっと、もっと、僕らは真剣に生き抜いていけるはずなんだ。

 飼い慣らされ、従順な犬にならないこと。僕らは自分の道を自分で切り拓ける力を持っている。「学生だから」と許される檻から出よう。もっと自由な、そしてその分だけ厳しい場所に立とう。

 僕は早稲田を誰よりも愛してる。だからこそ、もっとよくしたい。

 早稲田が変われば他の大学も負けじと変わる。これからの日本を背負ってく若者みんなが変わるだろう。だから僕らは変わらなきゃならないんだ。早稲田がこのままじゃ、日本は本当に終わってしまうよ。

 偉そうに、と言われるのは分かってる。僕はそんな大した人間じゃない。そんなこと誰よりも自分で承知しているよ。でも、誰かが言わなきゃならないと思う。なのに誰も言ってない。大人たちに言われるのはこりごりだ。僕らが声をあげていかなきゃならないんだ。だから声をあげてみた。声なき声が、どこかに届くことを祈って。


 まだ見ぬ早大生へ。

 ようこそ早稲田へ。君は今、日本を、世界をよりよく変えていける場所にいる。僕も努力し続ける。希望を胸に、未来を信じて生きていこう。

 u:BABA こと 馬場 祐平


 最後に。

 本を読もう。人生の行き先の多くは読む本で決まると僕は思っている。素晴らしい本は人生の教師だ。彼らは道を切り拓くための武器をくれる。といってナビをしないのは無責任だろうから、僕が新入生の時に読んでいたらなぁ、と思う本を挙げておく。4月まで時間はある。どれも読みやすいから、すべて読破して大学生活に望むくらいでちょうどいい。 

計7人、全18冊。
福澤諭吉 『学問のすすめ』 (岩波文庫)
岡本太郎 『自分の中に毒を持て』 (青春文庫)
司馬遼太郎 『竜馬がゆく』全8冊 (文春文庫)
梅田望夫 『ウェブ進化論』『ウェブ時代をゆく』『ウェブ時代 5つの定理』
サマセット・モーム 『人間の絆』〈上〉〈中〉〈下〉(岩波文庫)
デール・カーネギー 『人を動かす』
スティーブン・R・コヴィー 『7つの習慣』

 本を読むのに疲れたら、家の外へ飛び出すべき時期だ。外で走り回って疲れたら、本を読みに帰ってくればいい。


 【ムービー】 先日刊行された梅田望夫の新刊のラストが、このスピーチの引用で締めくくられていた。合格発表が終わって新入生に語るのにあわせて、IT関係に疎すぎる早稲田の卒業生にこのムービーを紹介しようと思っていたところだったから、あまりのタイミングに思わず笑ってしまった。まぁでもとにかく。卒業が決まった人、おめでとう。卒業式では、去年僕に花をくれた国沢に渡したいと思う。いや、渡したい奴がいっぱいいすぎて困るんだけれど。3年くらい前に「僕らを追い出さないよう卒業してくださいね」と言われ笑っていたのが懐かしいな。卒業が決まらなかった人は、、、また今年もたくさん飲みましょう……!

 ※上に表示した動画は「1」のみ。「2」まであるので、ぜひ最後まで見てください。