Q1.勉強法を教えてください。
Q2.今からでも受かりますか?
Q3.やる気・目的がないんですが…。
Q4.人生をリセットできますか?
テレビ放映後、多数の問い合わせをいただいた。道塾への問い合わせには特に支障なく答えられたのだけれど、僕への直接の問い合わせには僕一人しか答えられないため、多くの人には返事が遅くなってしまい失礼しました。
ブログ上での質問には基本的に答えないことにしているのだけれど、今回の質問は主に上記の4パターンに分けられたので、まとめて返答、という形で以下に書くことにする。直接問い合わせをしていないが気になっていた、という人も多いと思うので。
道塾への問い合わせはともかく、僕個人への問い合わせがこれだけあるのには驚いた。年齢層も小学生から50歳を超える人までバラバラで、日本中で、これほど多くの人が勉強について悩んでいるのだなと実感させられたのがテレビ放映後の感想。
塾生や知り合いから聞いた話によると、放映された内容をホームルームで紹介する高校があったらしい。直接聞いただけで2件あるので、実際には結構な数になるのかもしれない。僕のようなアンチテーゼを唱える人間が学校体制内で紹介されるのはちょっと意外だった。
ちなみに、こともあろうにそのうちのひとつは僕が一年で中退した母校(中高一貫校)の高3のクラスで、「立派なOB」と紹介していたと聞いた。その学年の学年主任は僕が在籍時(中1)の頃の担任らしくて、なんだか不思議な感じがする。あの頃は「バカ」とばかり言われてた気がするんだけどな・・・。笑
Q1.勉強法を教えてください。(藤さん他)
A1.必要な「勉強法」は一人ひとり変わってくる。たとえば、偏差値30の人と、あと1点で早稲田に受かる人とでは、勉強法は違う。だから、まずゴールを定め、その後に自分の立ち位置を分析して、そしてゴールと自分との間のギャップを埋めるにはどうすればいいかを考え、最適な処置を取るということが必要。この時、キーとなるのはインターネットの使い方。
ただ、こうした一連の作業には、大量の情報を調べて整理することが欠かせない。そして、そのためには高い情報収集能力と豊富な時間が必要になる。けれども、現実にはそれは難しい。なぜなら、そう簡単に情報収集能力は上がらないし、ましてや受験生は受験までの限られた時間の中では勉強法などより勉強そのものに時間を費やす必要があるから。
だから、受験生が勉強法を学ぼうとする場合、一般的には書店で売っている勉強法の本から学ぶことになる。実際、僕もそれをやったし、役に立つことも少なくなかった。ただ、これらの本を1,2冊だけ読み、それをそのまま自分に当てはめようとしても、実際はそう簡単に上手くいかない。理由は、一人ひとりの状況の違いによって、どのような勉強法が必要かが変わるから。
こうした受験生に対して、できる限りのサポートをしたい、と思ってはじめたのが道塾の指導スタイル。毎週30分勉強法を教える、というのは試行錯誤の結果にできた指導法なんだ。だから、自分ひとりへのベストな勉強法を教えてほしい、ということであれば、道塾で学んでくれ、という結論になる。
もしベストを求めないから一般的な勉強法を学びたい、ということであれば僕の書いた「早稲田への道」を参考にしてほしい。ここには細かな話は載せていないぶん、本当に受験の肝となる部分だけを載せているから、これを読むだけでもすぐに役立つことは多いはず。また、いま君が高校生なら「高校生新聞」が学校の教室や図書室にあるだろうから、そちらでの僕の連載もあわせて読むことも勧めたい。短い文だけれど、内容をぎゅっとつめているので。
それと、今年の夏には僕の勉強法の本が出る。この本は細かな勉強法というよりも、受験勉強の概念を変えること、誰が読んでも役に立つこと、そして受験勉強全般の手引きになることを目的としている。そのため、必然的に基礎的な内容の本になるけれど、勉強そのものと同じく、勉強法も基礎がもっとも大切。偏差値が常時70を超えるような人でない限りかなり役に立つと思うので、興味があればこちらも手にとってほしい。なお、発売時期は7月下旬を予定してます。
Q2.今からでも受かりますか?(一ノ瀬さん他)
A2.これは「早稲田への道」で何度も聞かれてきた質問なので、そちらを参考にしてくれ。
といいたいのだけれど、念のため答えよう。
今からでも受かるかどうかは、当然、志望校と、自分の置かれた状況によって異なる。ただ、僕と同じ私立文系(早稲田など)志望で、1日8時間を平均で確保できるのであれば、勝負できるところまでは確実にたどりつける。学校に行っている場合でも、授業を有効活用したり、不要な授業を切ることによって、1日8時間は一般的に確保できるはず(できない場合、道塾スタッフになった真野のように高校を中退するという選択肢も残されている。※勧めないけれども)。
そういう意味では、時間的な面からだけ言えば夏までは誰にでも可能性は残されている、と僕は思ってる。ただ、最後に受かるかどうかは本人次第。何事にも「絶対大丈夫」なんてことはない。A判定を取っていても当日の調子が悪くて落ちることはザラだし、僕のようにE判定ばかりでも最後の追い込みで受かることはある。
いずれにしても「受かりますか?」なんて野暮な質問をする暇に、受かるためのアクションを起こすヤツが先をいくのは間違いない。受かる可能性があると信じなければ、アクションを起こせないからね。
それが分かったら、もうくよくよ悩んでないで、具体的なアクションを起こそう。可能性に賭けて、全力で突っ走ろう。そのための方法は「早稲田への道」に書いてあるはず。
Q3.やる気・目的がないんですが…。(トラさん、TTさん他)
A3.やる気は自然と起きるものじゃないし、目的はそう簡単に見つかるものじゃない。答えを求めて、すぐ見つからないからって、安易に諦めないようにしよう。少なくとも、僕は「これだ」という自分の生きる道が見つかるまでに、探しはじめてから5年以上かかった。でも、5年で見つかるのだって早い方だと思う。それまでの間は、苦しいけれど、自分の生きるべき道を探すのに必死になるべき時期なのだと思う。
ひとつアドバイスをするとすれば、いきなり「これだ」という完璧な答えを見つけようとしないこと。完璧主義者ほど、つい「これだ」というものに巡り合うまで探し続けてしまうけれど、それは探せば見つかるというような類のものじゃない。ふっと舞い降りてくるものなんだ。
たとえば、多くの人がゴールと設定して必死になっている大学受験だって、志望校に合格するということが「これだ」という最終的な答えにはなることは決してない。なぜなら、大学というのは、あくまで人生の通過点に過ぎないのだから。
とはいえ、人生はどんなことだって通過点の連続。どこにゴールがあるかなんて、誰にも分からない。だから、一瞬一瞬、小さな自分なりのゴールを設定して、そこに向かって努力してみることが大切。そこで小さなゴールへ向けて努力することの面白さを感じることができれば、次からはまた別のゴールに向けて努力することができるよ。
結論から言えば、そのプロセスを楽しむことにこそ、人生の充実感があると思う。だから、困難な道を歩むことこそ楽しいと僕は思ってるんだ。
今、君の人生の先で待ち受けている大学受験で上手くいけば、色々なチャンスを手にすることができる。だから、とりあえずは大学受験を、それもできるだけ高い地点を今時点でのゴールと設定してみる。それは決して悪くない方法だと思う。
もし、それでもなかなかやる気が起きないのであれば、とにかく具体的に動いてみること。頭の中で「やる気が出ないなー」なんて唸っていても、「やる気」というものがポロッと出てくることは決してない。
やる気というのは、何かとぶつかって、その瞬間の摩擦熱から生まれてくるもの。だから、やる気を出したければ、とにかく具体的にアクションしてみること。インターネットで検索するもよし、本を読んでみるもよし、映画を観るのもよし、あるいは街や大学へ出かけたり、両親や仲間と相談してみたり、ね。普段あまりしないこと、がキーになることも多い。
頭の中からやる気が出てくるほど、君の頭は燃えていないだろう? なら、熱をどこかに求めにいこう。
これに関しては、ひとつ前の記事の最後に載せた、スティーブ・ジョブズの動画も参考にしてみるといいと思う。彼のスピーチはトップエリートの大学卒業生向けだけど、誰の心にも届くメッセージがあると思う。
Q4.人生をリセットできますか?(ZEROさん他)
A4.できます。
大切なのは、1、本気でリセットしようと思うかどうか。 2、そのための方法を見つけられるかどうか(見つけられればやる気が出る)。 3、実行できるかどうか。これだけ。そして、リセットボタンはすぐそこにある。あとは君が手を伸ばすか、伸ばさないか。
これまで人生が楽しくなかったと総括する人は、自分の人生を不遇だったと感じると思う。不条理だと思うこともあるだろう。僕もそうだった。ただ、その経験は、その状況から抜け出ることができれば、かけがえのない自分の財産となる。
何の苦しみもなく生きてくると、苦しみそのものに共感することが難しい。でも、つらい経験をしてきた君だからこそ、できることがあるはず。君がやれれば、そのあとに続ける奴らもいるよ。だから、勇気を持って、一歩踏みだして、頑張ってほしいと思う。
今の状況から抜け出ることができるかどうかは、ほんの僅かな差なんだ。どうせ無理だ、って冷笑するか、わずかな光を頼りに走りはじめてみるか。どちらを選びたいかは、君に残された「生命力」次第だと思う。まだ僅かでも残っているのであれば、それが尽きないうちにスタートしよう。
迷う必要はない。スタートしなければ、いつまで経ってもゴールにはたどりつけないのだから。
2009年5月17日
HP更新と、テレビ修正点のお知らせ
21:30
下の記事の後、お知らせです。テレビ放映の後アクセスが集中し、現在、道塾のウェブサイトにつながりにくくなっています。恐れ入りますが、後ほどまたお越しください。
22:00
道塾のウェブサイトが落ちっぱなしなので仮サーバーを立てました。こちら → 本サーバー復旧しました。
ホームページをリニューアルしました。以下、新しい塾長挨拶…の前に、テレビの修正点をひとつ。大学4年生ではなく、正しくは7年生です。なぜこういうネタになりそうなことを意図的に間違えるんだろうか……笑
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塾長挨拶
塾長の挨拶というのは、通常、美辞麗句を並べればいいのかもしれない。でも僕はそうしたことに意味があるとは思わない。だから今こうして道塾を続けている僕の想いを語ってみたい。そのために、すこし長くなるけれど、僕の高校時代から振り返ることにする。
高校へ行くのをやめた
9年前、僕は通っていた高校を辞めた。地元の公立校に通ってはいたが、そこで強いられる勉強に耐えることができなかった。
入学早々、学校の勉強から逃げるようにインターネットに向かうようになった。特に熱中したのはネットゲームだった。昼夜逆転の生活が続き、まったく勉強しないまま定期テストでは0点ばかり取っていた。
2年目になると学校の勉強はさらに厳しくなり、唯一楽しみにしていた修学旅行にあわせて膨大な量の宿題が出るまでになった。その時、僕の中で何かが切れたのだと思う。修学旅行から帰ってくると、僕は高校へ行くのをやめた。
いま振り返ると、未来への希望のないまま強制的にやらされていた「勉強」は、僕にとって何の意味もない苦役であり、拷問にも等しいものだった。
受験というゲームへ
僕が受験をしようと思ったのはそれから1年後。高校時代の友人が受験を終えようとしている中、僕は一人で受験勉強をはじめた。高校中退という落ちこぼれの状況から、どうにか人生を切り拓こうと探してたどりついた道だった。
だが、まったく勉強をしないまま高校を中退していた僕は、周りの受験生と比べると、実力も受験知識も圧倒的に不足していた。いざ勉強しようと思っても、何をすればいいのか分からず途方に暮れる日が続いた。
半分は勉強の逃げ場として、もう半分は救いを求めて、向かった先がインターネットだった。ネットに手慣れていた僕は、ゲームの攻略法を探すように受験の攻略法を探しはじめた。勉強はほとんどしなかったが、時間をかけて集めた情報を整理し、もっとも効率よく勉強するための方法を築いた。
やればできる、やれなければ未来はない
その時点で残されていた時間は約6ヶ月。夏も終わりに近かった。志望校は、当時もっとも興味のあった政治の世界に近く、偏差値表で一番上に載っていた早稲田大学政治経済学部。目標へは果てしない距離があったけれど、明確なゴールがあり、そこへ向かうための道も見えていた。あとはやるだけだった。
「やればできる、やれなければ未来はない」と自分に言い聞かせてはじめた受験勉強は、実際にやればやるほど伸びていった。正しい勉強法をすると、今まで感じたことのない速さで実力がついていくのが分かった。生まれてはじめて、自分が急激に伸びていると実感することができた。
そうなると、机に向かうのが楽しくなった。学ぶことは「勉めて強いる」と書く「勉強」から、「自ら楽しく学習する」という「楽習」へと変わっていった。そうして僕は、目指すゴールへ向けて自分の道をひたすらに歩いた。
3月の合格発表の日、僕は第一志望に合格したという報せを聞いた。1年前には僕以外の誰も想像していなかった。結果的、いちばん後ろからスタートした僕は、わずか6ヶ月の期間で数多くの受験生を抜かし、先頭でゴールを切ったのだった。
人生を切り拓くチャンスを
ただ、受験を終えて周りを見渡すと、僕のような受験勉強をしている人はほとんど見当たらなかった。志望校への最短ルートを見つけ出し、その道を確実に歩ききった人は意外なくらい少なかった。ましてや落ちこぼれであったり、わけあって勉強を1からはじめたりした人は、皆なすすべもなく受験で失敗していた。
概してアンフェアなことの多いこの社会においても、本来、受験という制度は点数だけで結果が決まるフェアな勝負だと思う。だが、実際は受験の勝ち方を知っているか否かで大きな差が出る。そしてごく一部の人を除いて、その勝ち方を知っている人はいなかった。
大学に入ってから「早稲田への道」を書いた理由は、僕のような落ちこぼれであっても、やる気があれば人生を切り拓けるチャンスがあることを伝えたかったからだった。
絶望への悪循環の構造
「早稲田への道」をはじめてから6年が経つ。その間に感じたのは、昔の僕のように拷問のような受験勉強に苦しんでいる若者は相変わらず多くなっているということ。そして、その根底には今の教育の仕組みに欠陥が存在しているということだ。
現在、教育にかかる費用は異常に高く、生まれた場所で受けられる教育の質も大きく変わってくる。そうした差を埋めるためには、拷問のような受験勉強を若者に課さざるをえない。そんな中で苦しみながら勉強し続けても、志望校には到底届かず、敗北感を持って大学に進む人があまりに多い。大学に進学しても、その間の無味乾燥な受験勉強に何の意味があったのだろうと虚しく振り返ることになる。
そうした受験教育を非難する人は多いが、その構造が変わることはない。だから結局は希望が失われていく。それは悪循環だ。僕はこの国の教育の現状は異常であり、危機だと思う。人生に絶望することを教えているようにしか思えない。本来の学びとはまったく違うものになっている。
道塾のモデル
それを少しでも変えることになればいい。そう思って僕は2年前に道塾を立ち上げた。やる気があればどんな状況からでも人生を切り拓ける道があることを示せば、この構造に切り込めると思った。学びは、本来の希望に満ちたものにできると僕は信じた。
道塾を立ち上げるにあたってモデルとしたのは幕末の私塾だった。当時の私塾で学んだ若者の多くは勤勉だったが、今と違ってとても充実していたと思う。彼らは自分の人生を切り拓くため、そして世の中をよくするため、必死に学んだ。そうやって10代の頃に激しく学んだ若者の中から、高杉晋作や坂本竜馬、福沢諭吉といった激動の時代を切り拓き、現在の日本の礎を築いた人が生まれた。今と昔とでは状況は違うけれど、僕は、道塾においてそのような若者を世に送り出したいと思った。
それから2年が経ち、今がある。道塾はまだまだ小さい塾だけれど、受験というものを通してこの国に希望の灯を燈したいという想いは変わらない。そして、わずかずつでも、その証となる若者が育っているのを感じる。
希望がなければ生きていけない
道塾は、偏差値を上げることには圧倒的な自信がある。ただ、それは受験塾として当たり前のことだ。
僕が言いたいのは、単に偏差値を伸ばすだけの教育には、もはや意味がないということ。そんな勉強は苦しいだけだし、教育とは呼べない。ひたすらに勉強を続け、偏差値がいくら伸びても、手に入るのは世間体と、見栄と、せいぜい金だけで、それで幸せが手に入るわけでは決してない。その証拠は毎日のように新聞やテレビで流れているはずだ。
幸せというのは、一人一人が自分の生きるべき道を見つけた時に感じられるものだと思う。だから百人いれば百通りの幸せがある。ただ、そのためは希望が必要だ。希望がないという状態は、生きるべき道がないということだからだ。
僕は若者が希望を持ち、そのために必死になり、充実した生を送るための手助けができればいいと思う。それに共感してくれる若者が、道塾で学んでくれるといいと思う。
一歩を踏み出す勇気を
僕は今、実現できるかどうか分からない未来のことを語った。小さい頃から今この瞬間まで、ずっとそうやって生きてきた。実現できないことも多かったけれど、ひとつ、ふたつと夢が形になり、なんとかここまで歩むことができた。
でも、僕のように夢や希望を語っても「お前にはできない」と言われる若者があまりにも多いように感じる。先生からも、親からも、若者は否定され続けている。ただでさえ希望の少ないこの国において、未来ある若者の芽までがそうして潰されてしまったら、この国の将来には何も残されていないと思う。だから、僕はそれを守りたい。育てたい。
僕は生まれてきてよかったと思っている。たぶん一生そう言い続けるだろう。でも、僕のように言える人がこの国にどれだけいるだろうか? 僕らが住む日本という国は、物質的には豊かな国だ。そして、豊かな国に生きることが幸せであると示せないのであれば、世界の人々が豊かになろうとする意味はどこにあるのだろう?
日本は多くの悪循環のために疲弊しているけれど、この国に生きる人は世界の範たる力を秘めていると思う。一人ひとりが未来を信じて一歩を踏み出せば、日本は変わるし、そうすることで世界をよりよくすることもできるはずだ。そして、それは豊かな国に生きる人の使命であると僕は思う。
未来を切り拓く「希望の灯」を
僕は、受験という小さな枠組みで戦っているに過ぎないけれど、日本を、そして世界を、変える覚悟でこの塾をやっている。この塾から、幕末の私塾のように、それぞれのフィールドで日本を、そして世界を変える覚悟で生きる人が育てばいいと思っている。
こういう言葉を鼻で笑う人がいるのは知ってる。悲しいことに、現状では冷笑する人の方が多いかもしれない。でも、この塾が間違っていなかったと証明してみせる。ここで学んだ塾生たちは、やがて未来の日本を、そして世界を担っていくと僕は信じているから。
先に上げた幕末を生きた三人の師である吉田松陰、佐久間象山、緒方洪庵といった人々は20代で私塾を開いた。学んでいた者の多くは10代の若者だった。はじめは見向きもされなかった彼らの挑戦は、やがて危機に陥る日本を動かす力となった。
挑戦することで、未来は切り拓ける。それを僕は身を持って示し続けるし、そうやって若者に希望の灯を伝えていきたいと思っている。だから、こうした想いに共感してくれる人にこそ学んでほしい。
最後に。
これを読んで道塾で学ぼうとする人もいるだろう。でも、それよりも多くの学ばない人、事情があって学べない人がいると思う。それは仕方のないことだ。でも、このことだけは忘れないでほしい。
大丈夫。希望はあるし、歩くための道もある。未来を信じて、一歩を踏み出そう。
ふと迷ったら、この言葉と、このスピーチを。
「道」
この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば
その一足が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ
行けば分かるさ
(哲学者・清沢哲夫『無常断章』より、アントニオ猪木の語り)
Stay hungry. Stay foolish.
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塾長挨拶
塾長の挨拶というのは、通常、美辞麗句を並べればいいのかもしれない。でも僕はそうしたことに意味があるとは思わない。だから今こうして道塾を続けている僕の想いを語ってみたい。そのために、すこし長くなるけれど、僕の高校時代から振り返ることにする。
高校へ行くのをやめた
9年前、僕は通っていた高校を辞めた。地元の公立校に通ってはいたが、そこで強いられる勉強に耐えることができなかった。
入学早々、学校の勉強から逃げるようにインターネットに向かうようになった。特に熱中したのはネットゲームだった。昼夜逆転の生活が続き、まったく勉強しないまま定期テストでは0点ばかり取っていた。
2年目になると学校の勉強はさらに厳しくなり、唯一楽しみにしていた修学旅行にあわせて膨大な量の宿題が出るまでになった。その時、僕の中で何かが切れたのだと思う。修学旅行から帰ってくると、僕は高校へ行くのをやめた。
いま振り返ると、未来への希望のないまま強制的にやらされていた「勉強」は、僕にとって何の意味もない苦役であり、拷問にも等しいものだった。
受験というゲームへ
僕が受験をしようと思ったのはそれから1年後。高校時代の友人が受験を終えようとしている中、僕は一人で受験勉強をはじめた。高校中退という落ちこぼれの状況から、どうにか人生を切り拓こうと探してたどりついた道だった。
だが、まったく勉強をしないまま高校を中退していた僕は、周りの受験生と比べると、実力も受験知識も圧倒的に不足していた。いざ勉強しようと思っても、何をすればいいのか分からず途方に暮れる日が続いた。
半分は勉強の逃げ場として、もう半分は救いを求めて、向かった先がインターネットだった。ネットに手慣れていた僕は、ゲームの攻略法を探すように受験の攻略法を探しはじめた。勉強はほとんどしなかったが、時間をかけて集めた情報を整理し、もっとも効率よく勉強するための方法を築いた。
やればできる、やれなければ未来はない
その時点で残されていた時間は約6ヶ月。夏も終わりに近かった。志望校は、当時もっとも興味のあった政治の世界に近く、偏差値表で一番上に載っていた早稲田大学政治経済学部。目標へは果てしない距離があったけれど、明確なゴールがあり、そこへ向かうための道も見えていた。あとはやるだけだった。
「やればできる、やれなければ未来はない」と自分に言い聞かせてはじめた受験勉強は、実際にやればやるほど伸びていった。正しい勉強法をすると、今まで感じたことのない速さで実力がついていくのが分かった。生まれてはじめて、自分が急激に伸びていると実感することができた。
そうなると、机に向かうのが楽しくなった。学ぶことは「勉めて強いる」と書く「勉強」から、「自ら楽しく学習する」という「楽習」へと変わっていった。そうして僕は、目指すゴールへ向けて自分の道をひたすらに歩いた。
3月の合格発表の日、僕は第一志望に合格したという報せを聞いた。1年前には僕以外の誰も想像していなかった。結果的、いちばん後ろからスタートした僕は、わずか6ヶ月の期間で数多くの受験生を抜かし、先頭でゴールを切ったのだった。
人生を切り拓くチャンスを
ただ、受験を終えて周りを見渡すと、僕のような受験勉強をしている人はほとんど見当たらなかった。志望校への最短ルートを見つけ出し、その道を確実に歩ききった人は意外なくらい少なかった。ましてや落ちこぼれであったり、わけあって勉強を1からはじめたりした人は、皆なすすべもなく受験で失敗していた。
概してアンフェアなことの多いこの社会においても、本来、受験という制度は点数だけで結果が決まるフェアな勝負だと思う。だが、実際は受験の勝ち方を知っているか否かで大きな差が出る。そしてごく一部の人を除いて、その勝ち方を知っている人はいなかった。
大学に入ってから「早稲田への道」を書いた理由は、僕のような落ちこぼれであっても、やる気があれば人生を切り拓けるチャンスがあることを伝えたかったからだった。
絶望への悪循環の構造
「早稲田への道」をはじめてから6年が経つ。その間に感じたのは、昔の僕のように拷問のような受験勉強に苦しんでいる若者は相変わらず多くなっているということ。そして、その根底には今の教育の仕組みに欠陥が存在しているということだ。
現在、教育にかかる費用は異常に高く、生まれた場所で受けられる教育の質も大きく変わってくる。そうした差を埋めるためには、拷問のような受験勉強を若者に課さざるをえない。そんな中で苦しみながら勉強し続けても、志望校には到底届かず、敗北感を持って大学に進む人があまりに多い。大学に進学しても、その間の無味乾燥な受験勉強に何の意味があったのだろうと虚しく振り返ることになる。
そうした受験教育を非難する人は多いが、その構造が変わることはない。だから結局は希望が失われていく。それは悪循環だ。僕はこの国の教育の現状は異常であり、危機だと思う。人生に絶望することを教えているようにしか思えない。本来の学びとはまったく違うものになっている。
道塾のモデル
それを少しでも変えることになればいい。そう思って僕は2年前に道塾を立ち上げた。やる気があればどんな状況からでも人生を切り拓ける道があることを示せば、この構造に切り込めると思った。学びは、本来の希望に満ちたものにできると僕は信じた。
道塾を立ち上げるにあたってモデルとしたのは幕末の私塾だった。当時の私塾で学んだ若者の多くは勤勉だったが、今と違ってとても充実していたと思う。彼らは自分の人生を切り拓くため、そして世の中をよくするため、必死に学んだ。そうやって10代の頃に激しく学んだ若者の中から、高杉晋作や坂本竜馬、福沢諭吉といった激動の時代を切り拓き、現在の日本の礎を築いた人が生まれた。今と昔とでは状況は違うけれど、僕は、道塾においてそのような若者を世に送り出したいと思った。
それから2年が経ち、今がある。道塾はまだまだ小さい塾だけれど、受験というものを通してこの国に希望の灯を燈したいという想いは変わらない。そして、わずかずつでも、その証となる若者が育っているのを感じる。
希望がなければ生きていけない
道塾は、偏差値を上げることには圧倒的な自信がある。ただ、それは受験塾として当たり前のことだ。
僕が言いたいのは、単に偏差値を伸ばすだけの教育には、もはや意味がないということ。そんな勉強は苦しいだけだし、教育とは呼べない。ひたすらに勉強を続け、偏差値がいくら伸びても、手に入るのは世間体と、見栄と、せいぜい金だけで、それで幸せが手に入るわけでは決してない。その証拠は毎日のように新聞やテレビで流れているはずだ。
幸せというのは、一人一人が自分の生きるべき道を見つけた時に感じられるものだと思う。だから百人いれば百通りの幸せがある。ただ、そのためは希望が必要だ。希望がないという状態は、生きるべき道がないということだからだ。
僕は若者が希望を持ち、そのために必死になり、充実した生を送るための手助けができればいいと思う。それに共感してくれる若者が、道塾で学んでくれるといいと思う。
一歩を踏み出す勇気を
僕は今、実現できるかどうか分からない未来のことを語った。小さい頃から今この瞬間まで、ずっとそうやって生きてきた。実現できないことも多かったけれど、ひとつ、ふたつと夢が形になり、なんとかここまで歩むことができた。
でも、僕のように夢や希望を語っても「お前にはできない」と言われる若者があまりにも多いように感じる。先生からも、親からも、若者は否定され続けている。ただでさえ希望の少ないこの国において、未来ある若者の芽までがそうして潰されてしまったら、この国の将来には何も残されていないと思う。だから、僕はそれを守りたい。育てたい。
僕は生まれてきてよかったと思っている。たぶん一生そう言い続けるだろう。でも、僕のように言える人がこの国にどれだけいるだろうか? 僕らが住む日本という国は、物質的には豊かな国だ。そして、豊かな国に生きることが幸せであると示せないのであれば、世界の人々が豊かになろうとする意味はどこにあるのだろう?
日本は多くの悪循環のために疲弊しているけれど、この国に生きる人は世界の範たる力を秘めていると思う。一人ひとりが未来を信じて一歩を踏み出せば、日本は変わるし、そうすることで世界をよりよくすることもできるはずだ。そして、それは豊かな国に生きる人の使命であると僕は思う。
未来を切り拓く「希望の灯」を
僕は、受験という小さな枠組みで戦っているに過ぎないけれど、日本を、そして世界を、変える覚悟でこの塾をやっている。この塾から、幕末の私塾のように、それぞれのフィールドで日本を、そして世界を変える覚悟で生きる人が育てばいいと思っている。
こういう言葉を鼻で笑う人がいるのは知ってる。悲しいことに、現状では冷笑する人の方が多いかもしれない。でも、この塾が間違っていなかったと証明してみせる。ここで学んだ塾生たちは、やがて未来の日本を、そして世界を担っていくと僕は信じているから。
先に上げた幕末を生きた三人の師である吉田松陰、佐久間象山、緒方洪庵といった人々は20代で私塾を開いた。学んでいた者の多くは10代の若者だった。はじめは見向きもされなかった彼らの挑戦は、やがて危機に陥る日本を動かす力となった。
挑戦することで、未来は切り拓ける。それを僕は身を持って示し続けるし、そうやって若者に希望の灯を伝えていきたいと思っている。だから、こうした想いに共感してくれる人にこそ学んでほしい。
最後に。
これを読んで道塾で学ぼうとする人もいるだろう。でも、それよりも多くの学ばない人、事情があって学べない人がいると思う。それは仕方のないことだ。でも、このことだけは忘れないでほしい。
大丈夫。希望はあるし、歩くための道もある。未来を信じて、一歩を踏み出そう。
ふと迷ったら、この言葉と、このスピーチを。
「道」
この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば
その一足が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ
行けば分かるさ
(哲学者・清沢哲夫『無常断章』より、アントニオ猪木の語り)
Stay hungry. Stay foolish.
2009年5月4日
「代償行為」をせざるをえない人へ
溜まってた800ほどのRSSを消化中に突然これを書きたいと思ったので、たまには衝動的に。
これを読んで、18歳になった直後、生まれてはじめてのカジノへ行く前、徹底的にブラックジャックを研究したのを思い出した。(受験を含めた)他のゲームやギャンブルと同様、やる前から「やれば必ず勝てる」という理論をひっさげて、僕は18歳からギャンブルができ、かつ南半球最大のカジノのあるメルボルンへ向かったのだった。
ブラックジャックに限らず、23歳の頃に自分が生きる場所を見つけるまで僕は「代償行為」を続けてきた。
代償行為の典型は、あらゆるゲームであり、ギャンブルだ。これらが多くの男にとってなくてはならない理由は、つまるところ彼らが自分の人生を賭けるに値するものを見つけていないということに尽きる。
僕は、ゲーム機の前に座るたびに、ゲーセンの台に座るたびに、ネットゲーム用のパソコンに座るたびに、パチンコ屋に行くたびに、競馬場に行くたびに、カジノに行くたびに、そして麻雀台に向かうたびに、「自分の人生を賭ける場所はここじゃない」と思ってきた。
23歳の時、MEGA PEACEというささやかなイベントを立ち上げてから、僕の人生は動きはじめた。このイベントを終えた直後に立ち上げたのが、このブログでもある。それ以来僕は、原則として自分に代償行為を禁じて生きてきた。そのことに対する不満は全くない。むしろ、梅田望夫が語るのと同じように僕は、自然と代償行為を求めなくなっていた。
そういう僕から、代償行為をせざるをえない人へ、伝えたいことはふたつ。
一つ目は、代償行為をやるのであれば、中途半端ではなく全力でやれということ。僕は前述した代償行為のすべてを「やり続ければ世界一も狙える」というレベルで研究し、没頭した。ただ、そこへの道を歩みきった場所から見える光景を想像できるようになった時点で、僕はその光景を見たくないと感じて歩みを止めた。
そうして様々な「代償行為」をはじめたり辞めたりして、なんとか自分の生きる道を見つけるまで、僕は23年かかった。それでも、これはかなり早い方で、相当な幸運だと思う。その上で言うけれど、これが二つ目の伝えたいことで、どんな代償行為であれ、そこで感じる「虚しさ」はムダではないということ。
ゲームセンターでの興奮が醒め、身体が冷えてくる頃になるといつも僕は「俺の人生は虚しい」と感じてきた。だが、その虚しさを振り払おうとするように没頭し、ゲームで言えば誰よりも強くなろうと、ギャンブルで言えば必ず勝って帰ろうと、研究や訓練に没頭したことが、今の僕の技術的なベースになっている。そして、没頭すればするほど強くなる虚無感が、僕が自分の生きるべき場所を求めるエネルギーになってきた。
自分が「真に充実できている」と言えるほどのことはそう簡単に見つかるもんじゃない。それまでの間、男はずっと「代償行為」に手を染めなくてはならないのだと思う。でも、だからこそ伝えたいのは、その代償行為に必死になるのは決して無駄ではないということ。技術や哲学を学ぶのと同時に、そうせざるをえないことに憂鬱や不条理さや怒りを感じる、それ自体に意味があるということ。
それらはすべて「生きるべき場所」にたどりついた時のエネルギーになる。すくなくとも、僕はそうだ。そして、僕が教えている子たちの中で、もっとも芽があるなと思うのはそういうヤツだ。
中途半端に楽しそうな日々を過ごしているヤツらよりもずっと、「代償行為」をせざるをえない日々の中で苦悩している彼らにこそ、僕は希望の光があると思う。彼らが本当に「生きるべき場所」にたどりつけるようになった時、彼らが世界を少しずつ変えていくだろう。
幸運にもすこし早く代償行為をしなくてすむようになった僕は、世界の片隅で、そうした場所にたどりつくためのささやかな道しるべを建てていこうと思う。
会社を創業してからの日常は、ぜんぜん意識していなかったけれどじつは勝負・勝負の連続で、ブラックジャックのテーブルの上のチップとは比較にならぬ金額が、自分の判断の一つ一つによって、ちょっとしたことの成功と失敗の違いによって、出て行ったり入ってきたりするものなのだということが、ブラックジャックをやり始めてまもなく、鮮やかに身体でわかってしまったからである。
それ以来、ラスベガスやタホに行っても、ブラックジャックのテーブルに坐ることはなくなった。
「ものぐさ」さんの『人は結局自分の人生を生きなければならない。あくまで生きるというのは自分自身の主観的な行為である。』という文章の言葉を借りれば、12年前に会社を始めたときに、僕は本当に「自分の人生を生き」はじめ、その代償行為を必要としなくなったのだろう。
これを読んで、18歳になった直後、生まれてはじめてのカジノへ行く前、徹底的にブラックジャックを研究したのを思い出した。(受験を含めた)他のゲームやギャンブルと同様、やる前から「やれば必ず勝てる」という理論をひっさげて、僕は18歳からギャンブルができ、かつ南半球最大のカジノのあるメルボルンへ向かったのだった。
ブラックジャックに限らず、23歳の頃に自分が生きる場所を見つけるまで僕は「代償行為」を続けてきた。
代償行為の典型は、あらゆるゲームであり、ギャンブルだ。これらが多くの男にとってなくてはならない理由は、つまるところ彼らが自分の人生を賭けるに値するものを見つけていないということに尽きる。
僕は、ゲーム機の前に座るたびに、ゲーセンの台に座るたびに、ネットゲーム用のパソコンに座るたびに、パチンコ屋に行くたびに、競馬場に行くたびに、カジノに行くたびに、そして麻雀台に向かうたびに、「自分の人生を賭ける場所はここじゃない」と思ってきた。
23歳の時、MEGA PEACEというささやかなイベントを立ち上げてから、僕の人生は動きはじめた。このイベントを終えた直後に立ち上げたのが、このブログでもある。それ以来僕は、原則として自分に代償行為を禁じて生きてきた。そのことに対する不満は全くない。むしろ、梅田望夫が語るのと同じように僕は、自然と代償行為を求めなくなっていた。
そういう僕から、代償行為をせざるをえない人へ、伝えたいことはふたつ。
一つ目は、代償行為をやるのであれば、中途半端ではなく全力でやれということ。僕は前述した代償行為のすべてを「やり続ければ世界一も狙える」というレベルで研究し、没頭した。ただ、そこへの道を歩みきった場所から見える光景を想像できるようになった時点で、僕はその光景を見たくないと感じて歩みを止めた。
そうして様々な「代償行為」をはじめたり辞めたりして、なんとか自分の生きる道を見つけるまで、僕は23年かかった。それでも、これはかなり早い方で、相当な幸運だと思う。その上で言うけれど、これが二つ目の伝えたいことで、どんな代償行為であれ、そこで感じる「虚しさ」はムダではないということ。
ゲームセンターでの興奮が醒め、身体が冷えてくる頃になるといつも僕は「俺の人生は虚しい」と感じてきた。だが、その虚しさを振り払おうとするように没頭し、ゲームで言えば誰よりも強くなろうと、ギャンブルで言えば必ず勝って帰ろうと、研究や訓練に没頭したことが、今の僕の技術的なベースになっている。そして、没頭すればするほど強くなる虚無感が、僕が自分の生きるべき場所を求めるエネルギーになってきた。
自分が「真に充実できている」と言えるほどのことはそう簡単に見つかるもんじゃない。それまでの間、男はずっと「代償行為」に手を染めなくてはならないのだと思う。でも、だからこそ伝えたいのは、その代償行為に必死になるのは決して無駄ではないということ。技術や哲学を学ぶのと同時に、そうせざるをえないことに憂鬱や不条理さや怒りを感じる、それ自体に意味があるということ。
それらはすべて「生きるべき場所」にたどりついた時のエネルギーになる。すくなくとも、僕はそうだ。そして、僕が教えている子たちの中で、もっとも芽があるなと思うのはそういうヤツだ。
中途半端に楽しそうな日々を過ごしているヤツらよりもずっと、「代償行為」をせざるをえない日々の中で苦悩している彼らにこそ、僕は希望の光があると思う。彼らが本当に「生きるべき場所」にたどりつけるようになった時、彼らが世界を少しずつ変えていくだろう。
幸運にもすこし早く代償行為をしなくてすむようになった僕は、世界の片隅で、そうした場所にたどりつくためのささやかな道しるべを建てていこうと思う。
テレビに出ます。
◆エチカの鏡 ココロにキクTV(フジテレビ系列)
5月17日(日) 21:00 ~ 21:54(予定)
※放送日は延期する可能性あり
道塾がテレビで放映されるのは、朝の「スッキリ!」に毎日新聞の記事が取り上げられて以来、2回目。今回は20分くらいの枠なので見応えもあると思う。「早稲田への道」がメイントピックだが、詳細は番組を観てのお楽しみで。
受験生をはじめ、このブログを読んでくれてる人なら観て損のない内容です。よかったら、ご覧下さい。
5厘刈り回避の第一弾。さて、準備するぞー。
2009年5月1日
道塾100人
今期(3期目)の塾生数が100名を超えた。都道府県別に見ると、北は北海道から南は沖縄まで、過半数を超える24都道府県から入塾してきている。
1期・2期をあわせると約200名の塾生が学んだことにもなり、今回の100名を超えるというのは感慨深い。年ペースで言えば毎年3倍ほど、去年から比べると5倍を超えるペースで伸びている。ただ、本来は3月末に塾生200名を達成したかったので、その目標からすると完全な未達成。
次の目標は6月末。
ここで300人を達成しなかった場合、何度も言っているが僕は必ず5厘刈りの坊主にするので(最近パンチパーマという説もあるが)、気合を入れてPRをやっていくつもり。現在、そのための特別プロジェクトチームの体制を整えているところ(ゆえに各方面に多大な遅れが……)。
入塾のきっかけを聞くと「新聞を読んで(およびその派生)」という声が相変わらず多いが、「知人に紹介されて」「兄弟の勧めを受けて」という塾生もちらほら見かける。「友人の日記(blogやmixi)を読んで」というのもあって、ウェブ時代の口コミの広がり方を感じる。そのあたりは道塾の強みでもあるので、積極的に活かしていきたい。
このところ新規スタッフの正式加入が続いていて、待機中のスタッフも10名ほど。その一人一人に個性があり、ストーリーがあるのが道塾の特徴のひとつだと思っている。
明日は土曜日なので道塾はお休みで、代わりにあるのがスタッフパーティー。前期の打ち上げを除くと、会社化してからは初めての集まり。まだじっくりとは話せていないスタッフもいるので、個人的にとても楽しみ。
会場は、まだ書いていなかったけれど、先週からできた新しい部屋。これまでの事務所の向かいの部屋だが、日あたりが良く、窓を開けるととても気持ちがいいのが特徴。
スタッフの大半が学生のためか、GWも特別な用事がない限り皆出社して働きまくっている。むしろ学校の授業がない分、いつもより働いているんじゃないかという……。ほんとにおつかれさま。
ただ、働くだけじゃ能がない。がっつり働いた後はがっつり遊ぶのが道塾スタイル。明日はがっつり飲み、食べ、語りましょう!
※道塾が人数を増やしていく理由については、3月2日のエントリー「【ブログリリース】 道塾、会社化前夜。 」を参照。
1期・2期をあわせると約200名の塾生が学んだことにもなり、今回の100名を超えるというのは感慨深い。年ペースで言えば毎年3倍ほど、去年から比べると5倍を超えるペースで伸びている。ただ、本来は3月末に塾生200名を達成したかったので、その目標からすると完全な未達成。
次の目標は6月末。
ここで300人を達成しなかった場合、何度も言っているが僕は必ず5厘刈りの坊主にするので(最近パンチパーマという説もあるが)、気合を入れてPRをやっていくつもり。現在、そのための特別プロジェクトチームの体制を整えているところ(ゆえに各方面に多大な遅れが……)。
入塾のきっかけを聞くと「新聞を読んで(およびその派生)」という声が相変わらず多いが、「知人に紹介されて」「兄弟の勧めを受けて」という塾生もちらほら見かける。「友人の日記(blogやmixi)を読んで」というのもあって、ウェブ時代の口コミの広がり方を感じる。そのあたりは道塾の強みでもあるので、積極的に活かしていきたい。
このところ新規スタッフの正式加入が続いていて、待機中のスタッフも10名ほど。その一人一人に個性があり、ストーリーがあるのが道塾の特徴のひとつだと思っている。
明日は土曜日なので道塾はお休みで、代わりにあるのがスタッフパーティー。前期の打ち上げを除くと、会社化してからは初めての集まり。まだじっくりとは話せていないスタッフもいるので、個人的にとても楽しみ。
会場は、まだ書いていなかったけれど、先週からできた新しい部屋。これまでの事務所の向かいの部屋だが、日あたりが良く、窓を開けるととても気持ちがいいのが特徴。
スタッフの大半が学生のためか、GWも特別な用事がない限り皆出社して働きまくっている。むしろ学校の授業がない分、いつもより働いているんじゃないかという……。ほんとにおつかれさま。
ただ、働くだけじゃ能がない。がっつり働いた後はがっつり遊ぶのが道塾スタイル。明日はがっつり飲み、食べ、語りましょう!
※道塾が人数を増やしていく理由については、3月2日のエントリー「【ブログリリース】 道塾、会社化前夜。 」を参照。
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