2010年2月27日

最終回 Be hope, make hopes.

受験生に向けて、毎週金曜日に送ってきたメールマガジン『受験の道草』の最終回(当初のはこれ)。夏前にはじめたのに、最終的には1500人くらいが購読してくれていた。今回は長いので読めない人もいると思うし、メルマガを取ってない受験生にも読んでもらいたいので、ここにも併せて掲載。何はともあれ、本当におつかれさま。

道塾メールマガジン 『受験の道草』
-- Stay hungry. Stay foolish. --
最終回「Be hope, make hopes.」

2月26日で国立の前期試験が終わった。3月入試や後期試験に向けて勉強している人もいるので、そういう人には忍びないのだけれど、多くの受験生が第一に目指していたことに区切りがついたこともあり、今号を以て今年の受験へ向けた俺と詩音による「受験の道草」を終わりにしようと思う。

3月は「号外」という形で不定期に何らかの内容を送ろうと思っている。もし俺や詩音に伝えたいことや聞きたいことがあれば遠慮なく送ってくれていい。すべてに答えられるわけではないけれど、送ってくれたものには必ず目を通すし、できるだけ答えていくつもりだ。

まだ試験が残っている人は最後の最後まで信じて走り続けよう。それはこれまでの「道草」で語ってきた通り。

さて、最終回は受験を終えた人へ伝えたいこと。もしまだ終わってないのなら、また後で読んでくれればと思う。内容は、受験結果をどう受け止めるべきかということと、大学でどう過ごすべきかについて。すこし長くなるが順に書いていこう。

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知っての通り、俺の「道草」のサブタイトルは"Stay hungry, stay foolish"。訳せば「ハングリーであれ、馬鹿であれ」。これは俺の言葉ではなく、MacやiPod、そしてiPhoneといった時代を変える製品を創り出してきたApple社の創業者兼社長であるスティーブ・ジョブズが、あるスピーチで「常に自分がそうありたい」と語った言葉だ。

ジョブズは1970年代にApple社を創業して「パソコン」を世に広め、1980年代には時代の寵児となった。が、やがて自分が創った会社からの追放され、新しい会社でゼロからのスタートをすることになる。数年の後、その会社の成功を経て再びApple社の社長に就任し、iPodをはじめとする新商品によって再び世界の表舞台に戻ってきた。そのジョブズの生き様が、このスピーチと、その締めくくりの言葉である「Stay hungry, stay foolish」というフレーズに詰め込まれている。

このスピーチはYouTubeにあるから観てみるといい。この「道草」で取り上げたいのは、そのスピーチの冒頭で話される以下の一節だ。以下にその原文と訳文を載せる。1年前には歯が立たなかっただろうが、今なら少しは読めるはず。ちなみに最初に出てくる"dot"(点)というのは、人生の時々で起こる様々な出来事のこと。

you can't connect the dots looking forward. You can only connect them looking backwards, so you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something--your gut, destiny, life, karma, whatever--because believing that the dots will connect down the road will give you the confidence to follow your heart, even when it leads you off the well-worn path, and that will make all the difference. --- Steve Jobs.

訳:「先を見て『点を繋げる』ことはできない。出来るのは、過去を振り返って「点を繋げる」ことだけなんです。だから将来その点が繋がることを信じなくてはならない。根性、運命、人生、カルマ、何でもいいから信じること。点が繋がって道となると信じることで、心に確信を持てるんです。たとえ人と違う道を歩むことになっても。信じることで全てのことは、間違いなく変わるのです。」(スティーブ・ジョブズ)

いいかい。

僕らは起こったこと(点)を、今すぐ意味づけることはできない。もしかしたら君は第一志望に受かったのかも知れない。あるいは、残念ながら落ちてしまったのかも知れない。でも、そのことが未来にどういう意味があるのかは誰にも分からないんだ。

第一志望に落ちて悔しい思いをしたが故に、希望ではない大学で全力を尽くして輝いたヤツを俺はたくさん知ってる。逆に、志望校に受かったせいで浮かれてしまい、ただ遊ぶだけの虚しい4年間を過ごして後悔したヤツはそれ以上によく知っている。

だから。

君がどんな状況であれ、いま起こったことを将来につなげるべく行動しよう。希望した大学に行くにせよ、希望していなかった大学に行かざるをえないにせよ、もう一年間受験生をやるにせよ、あるいは大学進学とは別の道を歩むことになるにせよ、君が起こった事実と真摯に向かい合い、自分の可能性を信じて行動を起こせば、どんな状況からでも未来を切り拓くことができる。

そんなことを言っていると世の「大人」は笑うかもしれないが、そんな奴らの考え方は笑い飛ばしてやればいい。そのためには自分が信じて選んだ道で全力を尽くすこと。それができなくなった時に、僕らはそうなりたくなかった「大人」の世界に吸い込まれてしまうのだから。

いつまでも少年のような心を持ち、未来に夢を見て、あらゆることをポジティブに捉え、果敢に行動を起こし、自分のすべてを一瞬一瞬に賭けて生きよう。そのために、まず自分の可能性を信じよう。必ず点と点が繋がって道となると。ジョブズの言う通り「信じることで全てのことは、間違いなく変わる」んだ。

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念のために付け加えておくと、「自分の可能性を信じよう」と言っても安易な浪人という選択は勧めない(2浪目以降は特に)。受験は限られた時間の中でのレースだと俺は思う。走りはじめた時点で、残された時間でどこまで自分が到達できるのかを予測し、その中で選んだゴールを全力で目指すレースだ。

君は走りはじめた時に、残り時間の限られたレースの中で合格することを誓ったはず。にもかかわらず志望校に届かなかったということは、①予測が間違っていた、②予測を実現するための努力が足りなかった、③本番で上手くいかなかった、といったことが原因のはず。①に気がついた時点で(過去に書いた)「戦略的撤退」をすべきだったし、②や③といった理由で「誓ったけれど十分にできなかった」のであれば、より辛くなる浪人生活では同じ失敗を繰り返す可能性が高い。だから、受験ではない次のレースを探して新たな舞台で全力を尽くすべきだと思う。

俺が積極的に浪人を薦められるのは、たとえば部活等の理由によって受験をはじめた時点で物理的に時間が足りず、その中でも自分なりの最大限の努力をしていて、かつ次の1年間を走るための気力とポテンシャルが十分残されている場合だけだ。

大学受験というのは長い人生のはじまりに過ぎない。このレースで躓いても、その悔しさをバネに自分の未来を信じて進んだ大学で全力を尽くせば、「あの時の失敗が今の自分をつくっている」と思える時がやってくるはず。だからたとえ今が「失敗」だと思っても、進むべき道があるのなら踏み出した方がいいと思う。

俺は中学を中退した。高校も中退した。それは絶望的な失敗だった。周りの人間から見れば「こいつの人生は終わった」というくらいだった。でも、俺は未来を信じて切り拓いてきた。そうして今、あの頃の失敗もすべて笑い飛ばすことができる。むしろ、その失敗に感謝することすらできる。

ジョブズの生き様に俺が感動するのは、まさにジョブズがそれをやってのけたからだ。俺の失敗は10代の頃だった。だからまだ取り返しやすかった。でもジョブズは30歳からでも致命的な失敗を乗り越えて未来を切り拓いた。そしてジョブズだけでなく、この世界にはいつだって、どんな状況でも、どんな年齢でも、未来を信じて道を切り拓いてきた人がいた。

もし君がすべての志望校に落ち、浪人する以外の選択肢がなく世界が真っ暗闇に感じられ、進むべき道がないように思えても、そこに道を創ることはできる。まずそのことを信じてほしい。それができれば前へ進む力が湧いてくるはずだ。そうやって進んだ道の先では、いつかきっと今のことを振り返って意味づける日がやってくる。

「あの時の失敗が今の自分をつくっている」と。

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「正しい方法で努力すれば伸びることができる」というのは、たとえ志望校に届かなかったにせよ、この道草を読んでる人なら受験を通して実感できたはず。志望校を目指して一歩ずつ進んだ過程で君は確実に少しずつ成長できただろう。

そのことに自信を持とう。1年前の君には想像すらできなかった努力と成長をしてきたはずだ。(でなければ、こんな長い文章を真剣に読んでいないだろう)。反省すべきところは徹底的に見つめ直すべきだけれど、努力しきれなかったことも含めて、大きな目標に向かって精一杯やってきた自分を心から褒めてやろう。

君が大学に進むのであれば、その努力を続ければ今はまだ想像もできないくらい面白い人生を君が歩んでいけるということを信じよう。自分の進みたい未来を貪欲に求め、見つけたらそれに全力を尽くせば、君にしか送れない素晴らしい人生が待っている。

俺は受験生にいつも「大学は最高だよ」と話す。励ますためにも「大学ではめちゃくちゃ遊べて楽しいよ」と伝えることもある。でも、それは高校生が思い描くような「遊ぶ」という意味じゃない。

『受験はゲーム』という本のタイトルにも使ったくらい、10代の俺にとって「遊ぶ」という言葉はネットゲームやゲームセンターといった「ゲーム」のことを意味していた。でも、どんなに面白いゲームでもやり続ければ飽きるし、生きていることの喜びを感じることはできなかった。突き詰めれば、人が作った「遊び」はいつか飽きてしまうんだ。

だから自分の人生を味わい尽くすために、自分が最高に楽しめる「遊び」を追い求めること。もっとも面白いゲームは、自分の人生そのものなんだ。大学はそれを探すためにこれ以上ない場所だと思う。そのために大学という時間を一秒に無駄にしちゃいけない。

どんなゲームをするかは君が選ぶことができる。世界平和を目指してもいいし、貧困の撲滅を目指したっていい。自殺を減らすことや、若者のチャンスを増やすことでもいい。もっとささやかな、たとえば奥さんを見つけて幸せにすることでもいいし、子供を愛することだっていい。何であれ、君が自分の人生を賭けられると思えるゲームを探すこと。

「合格」というゴールが明確なこれまでと違い、大学では明確なゴールがない。何となく過ごしていると4年間(あるいは6年間)という時間は、あっという間に終わる。俺は色々な事情があってまだ大学7年という肩書きはあるが、道塾を大学4年の末に立ち上げてからは大学生というよりも起業家として生きてきた。これは俺なりに大学4年間を通じて自分の生きる道を探し求めた結果だと思ってる。

でも、そこまでは迷いの連続だった。道塾を立ち上げるまでは小説家になりたかった。その前は学者で、その前は政治家だった。一度描いた夢が合わないと思ったり、諦めて次に行かざるをえない時は、ほんとうに辛かった。でも、それは誰もが通らなければならない道なのだと今は分かる。

人生を賭けられるゲームはそう簡単に見つからない。すぐそばに転がっていて誰もがすぐ手に出来ているのなら、こんな問題だらけの社会にはなっていないはずだ。だから必死で見つけなくちゃいけない。なかなか見つからないのは当たり前なんだ。困難だからこそ挑戦する価値があるし、心から求めていれば必ず出逢うことができると俺は信じてる。そして、それを見つけるためのキーワードこそ"Stay hungry, stay foolish"なのだと思う。

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この文章で君に伝えたかったのは、まず自分の可能性を信じようということ。その上で、自分の人生を賭けられるゲームを探し求めようということ。そしてこれから最後に伝えたいのは、君が自分だけのゲームに没頭する姿によって後に続く人たちの希望になろうということだ。

先にも話した通り、大学では自分の人生を賭けられるゲームを探すべきだ。そのためには「かっこいい」と思える人との出逢いを求めること。その人との出逢いはきっと君の人生に決定的な影響を与える。まだ自分がすべきゲームが見つかっていないのなら、大学ではそうした人との出逢いを探していこう。

俺自身、「かっこいい」と思った数多くの人との出逢いのおかげで今があると思ってる。歴史上の人もいれば、ごく身近にいる人もいる。一人ひとりの名前を挙げるとキリがないので止めておくが、スティーブ・ジョブズはもちろんその一人だ。

ただ、俺が思うにこの国で普通に生きていると、若い時に「かっこいい」「こうなりたい」と思える人との出逢いが少なすぎる。だからこそ、もし君が一瞬一瞬を全力で生きていけば、その姿は必ず誰かにとっての「かっこいい」と思う対象になるはずだ。そして全力で生きた未来の君と出会った若者は、きっと君に対して憧れを抱くだろう。

君が全力で生きることは、君だけのためではなく、誰かの希望になりうる。君自身が希望となることで、君に触れた誰かの心に火が燃え移る。俺はそうありたいと思うし、これを読んでくれる君にもそうあってほしいと思う。もし君が道塾の塾生なら、きっと君の担当スタッフがそうした存在であったはず。俺はそうした生き方を、少し前に思いついてからこんな風に表現している。

Be hope, make hopes.

自らが希望となり、それによって新たな希望を創り出す。

俺はまだまだジョブズみたいにかっこよく生きられるわけじゃないけれど、俺なりに全力で生きていく。これからいろんな逆境が待っているのだろうが、それを一つずつ味わいながらすべてを乗り越えていこうと思う。もし君が「希望」となるような存在を見いだせないのなら、俺の姿を見ていてほしい。それに刺激を受けて俺を軽く乗り越えるくらいになってほしい。

希望を見いだし、それに近づこうとする中で自分自身が希望になる。そして、自分が次の時代の希望を創っていく。そうやって生きる間のどこかで出逢い、「あの頃、『道草』を読んでましたよ」と言ってもらえたなら、それ以上に嬉しいことはない。

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最後に。

大学では人と深く関わろう。恋をして、親友と呼べるような仲間を見つけること。そのためには待ってないで自ら一歩を踏み出すこと。それは勉強以上に大切なことだと断言できる。俺は道塾を最高の仲間とやれていることが一番の幸せだし、離れた仲間とどこかで巡り逢うことを一番の楽しみにしてる。

Be hope, make hopes.

そうなった君と、いつかどこかで逢えるのを楽しみにしてます。最後まで読んでくれてありがとう。

道塾塾長
馬場祐平

【参考】
スティーブ・ジョブズのスピーチ

【関連エントリー】
希望なき国に生まれて(1) 
希望なき国に生まれて(2) ~拝啓、若者へ~
2010年2月6日

#titchangeより チェンジメーカー講演録

最近僕のTwitterで話題になっていた、アショカ財団CEOビルドレイトンをはじめとする人々の講演会。社会起業というホットなテーマに、今年のカギとなるTwitterとUstが生中継したイベント。生では最後の方しか見れなかったのでログを追っただけなのだけれど、ぜひ周りの皆に見てもらいたいと思ったので共有。#titchange/(ログ)とUstream。

以下#titchangeより、面白いコメントをピックアップ。現在京都にいて思うことは色々あるのだけれど、それはまた後ほど時間が許せば。ログを追いながらTwitterとUstreamの素晴らしさを改めて感じた。本当に社会を変えるツールたちだ。

hatorikei今までの“教育”のルールからはずれたことをやった。自分自身に許可を与えて、実現し、それを外に広げた。(byビル・ドレイトン) #titchange2010-02-06 14:05:30

ippechan#titchange 社会の一部になりたい、という人間の欲求がある。自分自身に許可を与え、社会の問題を見つけ、解決することは決して難しいことではない。by ビルドレイトン氏2010-02-06 14:11:15

hatorikei今、15歳の人は、チェンジメイキングができないことの方が、勉強ができないよりも問題。古い勉強ができたほうがいい世界は、10年もすれば終わる。(byビル・ドレイトン) #titchange2010-02-06 14:34:40

kbs_m32誰もがチェンジメーカーになれる。チームが大事だよ。いまそこにいる職場・学校で始められるんだ byビル・ドレイトン #titchange2010-02-06 14:35:52

hatorikeiまずは学生の方々に伝えたい。誰もがやっていないことをやりなさい。そうすれば比較をされないですよ。(byデイビッド・グリーン) #titchange2010-02-06 14:40:18
hatorikeiというか、社会起業の講演で、初めてサプライチェーンという言葉を聴きました。たしかにこれは本物のビジネスだわ。 #titchange2010-02-06 15:01:14
hatorikei企業のCSRは、ちょっとした社会貢献はしても、社会変革はしない。コアコンピタンスを使って社会変革をしなければいけない。(byデイビッド・グリーン) #titchange2010-02-06 15:09:46
hatorikei社会的企業は、投資家が投資したいという形にしないといけない。今は社会セクターはその価値を倍増させるようなことはできていない。それをできる、“アセットクラス”にしなければいけない。(byデイビッド・グリーン) #titchange2010-02-06 15:12:59
TaejunShin企業家精神教育:ドレイトン「日本は恐竜時代のよう。 停滞している。 アメリカの大学では皆が変革を常に追い求めている。状況を変革するためのチーム(卒業者や大学関係者からなる)が常に組まれている。」 #titchange2010-02-06 15:52:44
TaejunShin企業家精神教育:渡辺孝「世界でソーシャルアントレプレナーを始めたのはハーバード。トップの大学から始めるのが日本との違い。」 #titchange2010-02-06 15:54:06
TaejunShin企業家精神教育:渡邊奈々「86%の高校生、54%の中学生が自分はダメだと思っている。 起業家精神を育てるために重要な教育は自己肯定感を抱かせ、綿密な調査を求めるものであるべき。それとともに、リスクテイクを許容する環境が重要」 #titchange2010-02-06 16:03:11
TaejunShin渡邊奈々「最初から大規模を目指すことと、結果をしっかり測定することが、社会企業と草の根活動の違い。だからこそ、社会企業は世界を変えることができる」(Taejun:この違いは、社会企業に限ったものでなく、企業活動全般に云えるること)  #titchange2010-02-06 16:16:45
TaejunShin社会的企業と一般企業の差は:グリーン「最近は社会的とはあまり言わなくなった。単に高ボリューム・低マージンモデルのビジネス。 ただ、豊かな事業家の中には事業と慈善を分ける場合が多いが、その点では違うのでは。」 #titchange2010-02-06 16:30:14
2010年1月24日

人生を味わう。 がんばることの正当性

ブログを通じて出会った友人は多い。これからはTwitterによってネットを通じた人との出会いは加速していくのだろうけれど、相手がブログを持っているのといないのとの違いにより、その後の広がり方には大きな差が出てくるだろう。

梅田望夫と茂木健一郎の対談本『フューチャリスト宣言』で、「本」がアンカー(錨)としての役割を果たすという議論があった。Twitterというフロー型メディアの発展に伴い、ブログが本に替わるリファレンス・ポイントとしての役割を強めていくのだと思う。

それはともかく。

僕がブログを通じて「志向性の共同体」に参加し、友人(というと失礼かもしれないけれど)を増やすきっかけを作ってくれた方に、ブログ「横浜逍遙亭」の亭主である中山さんという方がいる。2008年の「シュンポシオン横浜」を主催した人と言えば昔から僕のブログを読んでいる人には分かるかもしれない(昔のエントリー:「シュンポシオン横浜 第一部 青年の主張 「絶望の淵でこそ『大人の流儀』を」)。

「横浜逍遙亭」では以前から、ちょっと離れた視点から見守る父親の胸中といったような内容で、息子さんのことが描かれていた。最近は高3になる息子さんの受験生活のことが触れられていて、ちょうど僕が指導する塾生たちの年齢と重なることもあり、塾生の保護者の声のような気持ちで僕は読んでいたのだった。

前回のエントリーで書いたとおり、私は受験生である自分の息子に向かって「がんばれ~」などとポストモダンな掛け声をかけるのですが、いったい何のために「がんばれ」というのか。がんばることの正当性、妥当性はどこにあるのか。がんばることで給料が上がったり、物質生活が豊かになるとは限らない。いえ、彼や彼女に明らかに人とは異なる能力や才能がない限りは、がんばたって、そんなに結果は変わらないというのが多くの人々にとって現実です。そんな社会を私たちの子供らは生きています。

じゃ、がんばらなくっていいのか。そう問いかけてみると、思考はもう一回転し、物質主義とは違う、がんばることの意味が見えてくるのではないか。実に難しい時代に我々は生きています。もしかしたら、面白い時代なのかもしれません。
横浜逍遙亭「がんばること」

このエントリーを読んで、僕は塾生の保護者たちすべてに答えるような気持ちで、以下のようなコメントを書いた。

(続きまして)ご無沙汰しています。ようやくネットに復帰しました。受験期でしばらく落ち着かないのですが、また以前のようにお会いしてお話しできればいいなぁと思っています。

僕は昔のことは分かりませんが、GDPの伸びというのは具体的に言えば、冷蔵庫だったり、洗濯機だったり、テレビだったり、エアコンだったりに現れるのでしょうか。そうした意味では、分かりやすくていい時代だなと羨ましくなります(それはそれで苦労はあったのだと思いますが・・・)。

今のようにがんばることの正当性がない時代には、人のモチベーションは上がりにくいのだと思います。道塾がやっていることは、若者に対してがんばることの意味を自らの生き方でもって示し、正当性の根拠を与えることだと思っています。がんばる対象は受験に限らなくてもいいと思うのですが、この時代において受験は多くの若者がぶつかる壁であり、それをうまく乗り越えることができれば(必ずしも第一志望に合格という意味ではなく)、その先の人生においても活かせる貴重な学びの場になると考えています。もうすこし拡大して言えば、孤独でありながら同時に親や友人の「支え」を感じてがんばる受験は、人生の縮図であるとも思います。

僕が若い子たちに馬鹿のひとつ覚えのように言っているのは、自分が大切だと思う時にがんばれれば、その後もがんばれるということです。そして、僕は身を懸けた「がんばる」という行為の中に、単純だけれども生きる本質があると思います。がんばることがなければ、喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、その多くは失われてしまうのではないでしょうか。人生は結果ではなく、湧き上がってくる感情を味わう「過程」がすべてだと僕は考えています。だから人生を深く味わうためのキーワードは、その対象は何であれ、がんばることではないかと思っています。

そうした意味では、ごく個人的な考えですが、せっかくこの世に生を受けたのであれば、その限られた時間の中でできる限りたくさんのことを味わうためにがんばる意味はある、と僕は考えています。

現状では、多くの若者は「がんばり方」を知らないまま成長してしまいます。それは「がんばる方法」という意味でも、中山さんのおっしゃる「がんばる正当性」という意味でもそうだと思います。

もう一年以上前になりますが(懐かしいですね!)、あの頃「SMAP構想(Speak,Make,Attack,Pink!)」をお話ししたように、今もってそうした20代が増えることで、がんばることが正当化され、もう少しわくわくできる時代になるのではないのかなという想いは変わりません。

今は他者との競争のためにがんばる時代ではなく、己の人生を味わうためにがんばる時代なのだと思います。辻さん(ご無沙汰しています!)がおっしゃる通り「自己満足」だと思います。それが結果として他者の人生に役立つことになればと願うのが、凡人である僕にできる最大限のことだと考えています。

ふと思い出したので引用しますが、敬愛するスピノザは自己満足についてこのように語っていました。「まことに自己満足は我々の望みうる最高のものである」(スピノザ『エチカ(下)』p64 岩波文庫)。

豊かになって価値が多様化し、ありふれたモノのためには誰もがんばれなくなった時代だからこそ、たとえそれが自己満足であれ、がんばる正当性を様々な形で創造し、循環させていく必要性がある。そう信じて日々精進していきたいと思います。

さて、僕の粗雑な議論の結論は脇に置いておくとして。

僕はその後のコメントのやりとりが嬉しく感じる。なかなかお会いして話すことはできないけれども、こうしてゆるやかな繋がりを保っていられることに感謝したい。ということで、Twitterをはじめた皆さん、その勢いでBlogもぜひどうぞ。

PS.ちなみに僕の後に続けてコメントを返してるgitacatさんは京都校での大恩人。道塾関係者は要チェックです。
2010年1月19日

輝く道塾スタッフたち。 ウェブスタッフ急募

道塾にとって「勉強法」はひとつの武器に過ぎない。技術やスキルといったこと以前に、まずスタッフ一人ひとりが抱く「塾生に成長してほしい」という想いが存在する。その想いを実現するために、塾生に寄り添い、そして勉強法を教えるということがある。

そうした道塾のスタッフに求められる素質は単純な受験技法ではなく、「情熱」をはじめとするトータルな人間力だと僕は考えている。だからこそ道塾のスタッフには「大学生として輝くこと」を大切にしてほしい。自分の本業である「大学生」として輝き(早稲田的によくある「サークル」に限らず、たとえば「学問」も含まれる)、人間力が鍛えられるほど、指導する塾生へ伝えられるものも増えると思うからだ。

昨夜、指導スタッフではないが、裏方で頑張っている道塾ウェブスタッフの木村が早稲田祭運営スタッフ新代表に決定したと聞いた。道塾スタッフ内においてはジョン(竹内)に続く二人目の運スタ代表。

木村の代表立候補は個人的にも応援していたし、日本最大規模と言える学園祭代表が道塾内から出ることは道塾スタッフが「大学生として輝く」という意味においても嬉しい。のだれども、一方で事業を運営する側の人間としては「さてどうしよう」という悩みも生まれる。

現在ウェブ制作をしているのはこの木村と、英字新聞や『早稲田魂』などを発行する「The WASEDA Guardian」の新代表になった(元塾生である)駒井の二人。豪華なウェブスタッフではあるのだが、そう遠くないうちに二人とも自分の責任を果たすことで忙しくなり、道塾のウェブ制作に集中する時間がなくなるのが目に見えている。

ということで、彼ら二人の代わりを務めてくれる道塾のウェブスタッフを募集します。条件は今の道塾ウェブサイトを見て、その程度は作れる自信があること(要実績)。待遇は能力・仕事量によって応相談。

道塾の入り口となるウェブは今年、かなり戦略的に作っていきます。トップスピードの中で伝説を作る一人となって、揉まれながら成長したいという意欲のある人を歓迎します。合いそうな人がいたら、ぜひ伝えてあげてください。
2010年1月18日

諦めないこと。最後まで戦うこと。

センター試験も終わり、ついに受験は終盤を迎える。僕らにとってはこれまでの指導が試される時であり、塾生にとっては人生の転換点となる時期。指導スタッフたちの緊張はピークに達するだろう。でも、受験生はそれ以上に張り詰めた時間を過ごしている。

彼らは押し潰されそうな孤独の中、未来に不安を抱きながら一人で世界と戦っている。これから僕らにできるのことは彼らに全力で寄り添うこと。道塾というシステムだからこそ、そして道塾のスタッフだからこそできることを大切にしていきたい。

諦めないこと。最後まで戦うこと。もっとも大事な時にどれだけ突き詰められるかで、その後の生き方も決まってくるから。

そう塾生に言い続けているけれど、それは僕ら指導する側の一人ひとりにも言えることだ。事業としてやっている以上、道塾はそろそろ来年度の準備を本格的に始めるけれども、塾生全員の入試が終わるまでその緊張感を持って指導に臨みたい。