2009年9月25日

3,いくつかの争点


 次に、先のスレッドで指摘されていることについて触れようと思う。気をつけてほしいのは、このスレッドは既に「早稲田への道」というタイトルは適切ではなくて、「道塾」そのものについて語られている場所だということ。

 僕は道塾を立ち上げてからは、宣伝目的で2ちゃんねるへ書き込みをしたことはない。また、書き込まないようにともスタッフに伝えている。それは、ある意味で道塾の故郷でもある場所に土足で踏み込むようなことはしたくないからだ。

 その上で、いくつかの争点について。

 ひとつめは、道塾の教務統括である大賀への指摘について。この件については、来月の頭に道塾ウェブサイトにおいて正式にリリースを発表しようと思う。それで全て片付くだろうから、その時まで待っていてほしい。

 ふたつめは、月謝や金回りのことについて。僕も予備校の授業をはじめて受けた時、授業代を計算していたものだ。1コマ1000円くらいで、この授業に100人いるから、予備校はこの90分で10万を稼ぐわけか・・・、それに季節講習はもっと高いなぁ・・・、なんて。

 でも、そうした大雑把な計算は様々なコストを含めていないわけで、あまり意味がない。清涼飲料水は容器を含めても原価15円もしないし、そもそもミネラルウォーターの原価なんてゼロだが、それで文句を言う人はいない。

 価格は、それに見合った満足をしてもらえているかで決まるものだ。もし道塾の価格がそれに比べて不当に高いのであれば、格安の競合が現れて道塾は人が集まらなくなって潰れるだろう。僕は長期的に道塾が日本に根付くことを目指しているから、決してそんなことはしない。

 より良い未来のために、15000円という月謝を超える価値を生み出すこと。道塾をより良くすることで、その価値をできるだけ大きくすること。そして、そうして頂いた15000円の積み重ねを元に、道塾をより一層発展させていくこと。それが塾長であり経営者である僕の使命だ。

 みっつめは、道塾での勉強効率について。僕は数百人の受験生と話してきたが、ほとんどの受験生は圧倒的に効率が悪かった。こうしたら良くなるのになぁ、と思うことばかりだった。道塾をどう低く見積もっても、勉強法が分からない子が、大学受験をくぐり抜けてきたスタッフに勉強法の相談をしてマイナスになるはずがない。

 もちろん、偏差値70を超えるような最難関大志望の子は既に十分に高い効率で勉強している。でも、今は大学生であるが過去には同じような状況にいた道塾スタッフに、「1,2年前の受験時代の自分が、今の自分と毎週30分話せていたらどうだろう?」と聞けば、誰もが「それはありがたいですね」と言う。どんなレベルであれ勉強に悩むことはあるし、それを信頼できる経験者に定期的に相談できることは大きな意味がある。

 ただし、効率を語る際にこれだけは注意してほしいのは、道塾は魔法のような即効性を持っているわけではないということ。道塾のウェブサイトにもそう書いたことはないし、「早稲田への道」や『受験はゲーム』でも繰り返し書いたはずだ。

 「当たり前の勉強法」を学び、自分の勉強スタイルを日々改善していく。その上で自分のするべきことを徹底して行えれば、成績は必然的に上昇する。たとえば、毎日1%の改善を続ければ、1年後には37倍になるのだ。それは魔法でも何でもなく、地道な努力の積み重ねだ。道塾はその手伝いをするに過ぎない。

 成績に伸び悩む受験生は、「当たり前の勉強法」を「継続して行う」ことができていない。3000時間やればどこでも受かると書いている人がいるが、それだけの時間を主体的に勉強できる人は少ないのだ。そんなことを平気で言えるのは、それだけの努力をしても落ちる人間がいる受験の厳しさを知らないに過ぎない。

 誰もがそれだけ勉強できるのなら、大学受験の難易度はもっと上がるだろう。でも、多くの受験生はそれだけの勉強を続けることができない。だから、道塾は効率を上げもするけれど、勉強時間を増やすためにモチベーションを高める役割も果たしている。そうしたトータルでの塾生のサポートを僕は道塾でやっているつもりだ。


4,道塾のスタンスへ

2,ある元塾生の書き込み



283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/20(日) 01:52:28 ID:RJ5E17X90
最後に、
自力で勉強法を確立し、実行し、信じられない速度で成績をあげ合格し
塾まで立ち上げるのは並の人間にできることではない。
早稲田に受かった事も、道塾を作った事もとてもすばらしい事だと思うし、尊敬もしている
だがそれだけで満足しているようにしか思えてならない。
さんざん偉そうな事を言ってしまって申し訳ないがこれが本音だ
俺のような塾生を増やさないようにしてくれる事を切に願う。

 先日の道塾スタッフ会議の中で、指導スタッフの一人が2ちゃんねるの書き込みについて触れ、「この書き込みは読んでおくべきだ」という発言をした。言われて2ちゃんねるの道塾について語られたスレッドを覗いてみた。ほとんどがごく少数の固定メンバーによる根拠のない恣意的な中傷だった。だが、その中でスタッフが指摘した部分は現実の元塾生の言葉だろうと僕は思った。

 端的に言って、これは明らかな指導スタッフ側の過ちであり、僕らが最もしてはならないことだ。僕は書き手の元塾生に対して非常に申し訳ないという気持ちを抱いた。道塾に希望を持ち、しかし裏切られたという想いは一生消えないだろう。確証はないが、おそらく彼は僕と一度話したことがあり、その悩みを打ち明けてくれもした塾生だと思う。

 僕がいちばん残念に思うのは、指導スタッフが参考書のタイトルを間違ったといったような「ミス」ではない。もちろんそれは反省し、徹底して改善すべきだけれど、どんなに気をつけても「ミス」は生まれてしまう。でも、そうした「ミス」を謝らず、自分を守るためにとぼけるようなことは許されない。それは受験生への誠実さを最も欠いた行為だからだ。

 「俺のような塾生を増やさないようにしてくれる事を切に願う」という叫びを生まざるを得ない状況に追いやった責任は、すべて僕にある。それは一人の若者が抱きかけた希望の芽を摘み取ったのと等しく、反省してもしきれるものではない。

 ただ、当たり前のことだけれど、僕は未熟な人間であり、道塾もまた発展途上の塾だ。350人を超える塾生がいる中で、今後も似たようなことが絶対に起こらないなんて事は言えない。

 でも、だからこそ、その中でできる限りのことをやっていく。一人でも多くの塾生に「道塾に入ってよかった」と言ってもらえるよう、最大限の努力をしていく。それだけは彼に誓うことができる。

 幸いにも道塾には「この書き込みは読んでおくべきだ」と言う勇気のあるスタッフがいた。指導スタッフとしての意識が甘くなっているかもしれないという危機感のもと、それを改善するためにネットで叫ばれた塾生の声に耳を傾けるべきだという発言だった。

 道塾で指導するスタッフは、全員が彼のように塾生に心から寄り添おうとする心を持ち続けてほしいと僕は願っている。スタッフ一人ひとりが少しずつその想いを強めていけば、道塾全体が成長し、今より遙かに理想の状態へ近づくことができるから。

 日々の慌ただしい指導の中で、時には脇に追いやってしまうこともあるかもしれない。でも、僕らは彼らの人生を背負っているのだ。指導する塾生に対して、世界中の誰よりも寄り添っているという自負を持てる指導をし続けたいと思う。

 それができれば、すべての受験が終わった後に、きっと「あなたに学べて良かった」と言ってもらえると思う。僕の経験上だけれど、その言葉より嬉しいことは人生においてそう多くはない。

 多くの人間の未来を背負うというのは、想像以上のプレッシャーを感じるものだ。でも、それが大きければ大きいほど、それを乗り越えた時の喜びも大きい。そのために、今日も指導を精一杯やっていきたいし、すべてのスタッフがそれをできるように僕は力を尽くす。

PS.もしあの書き込みをした元塾生が読んでいるのなら、個人的にでも返事をくれると嬉しい。もし道塾で学び直そうと思うのなら今からでも指導をやり直す。きっと意味はあると思う。もしそれが不要なのであれば、自分のやり方で合格できることを陰ながら祈っている。


3,いくつかの争点へ

1,ネット空間の言説


 ネット空間はバランスを取るシーソーのような性質を持っている。たとえば、道塾が過度にメディアで紹介されれば、その反動としてそれを打ち消そうとする力が作用する。

 だが昨今ブログ界で話題になっていたように、「日本のwebは『残念』」な状況にあると思う。特に「2ちゃんねる」は極めてネガティブな発言ばかりが蔓延する悲しい方向に走っている。ネット空間のシーソーの支点が、マイナスを増幅させる方向にズレてしまっているのだ。

 そのような状況において、道塾が「2ちゃんねる発」というのを一つの宣伝材料にしている以上、いつかその反動が来るだろうとは思っていた。そして、その性質上、おそろしく感情的な非難になるだろうとも。今もいくらかの非難が起こっているけれど、それはこれからやってくる大きな嵐の前触れにすぎないと僕は思っている。

 だから、その前に僕の考えを伝えておきたい。この時期の受験生にとって大切なのは2ちゃんねるなんて見ないことだが、道塾にいる以上、つい見てしまうという人もいるだろう。説明責任を果たすという意味でも、すこし長くなるが僕の考えをここで示しておこう。

 まず、これまで繰り返し書いてきた通り、僕はネガティブな言説をせざるをえない人々を非難するつもりは一切ない。彼らはそうせざるをえない状況に追い込まれたのであり、その原因は彼ら自身にあるというよりも、この世界の負の側面を背負わされたに過ぎないと思うからだ。

 そもそも僕が「早稲田への道」を建てた理由のひとつは、そのおかげで自分が歩むべき道を見つけることのできたネットという空間に、自分なりに貢献したいと思ったからだ。ネガティブな面ばかりが強調されていたネット空間において、実は人生を切り拓くためのチャンスはあるということを伝えたかった。

 結論から言えば、それは局所的には成功したと思う。だからこそ「早稲田への道」があれだけ読まれ、多くの受験生が感謝してくれもした。マイナスに振れていたシーソーの支点は、ある一瞬、ほんのわずかだがプラスの方向に動いた。だが、広大なネットという空間からすれば、それは無にも等しい動きだった。

 たまに「2ちゃんねる」を見たり、「早稲田への道」を覗いたりすると、言いようのない無念さを心の隅で感じる。愛していた故郷が、しばらくぶりに戻ると荒れ果てた地になっていたような感覚。そのせいか、僕は自分の原点とさえ言える「2ちゃんねる」に目を背けたくなる意識があった。無根拠の、感情的な負の言葉で埋め尽くされているからだ。

 でも、そんな中にも僕らが真摯に受け止めるべき意見は常に存在する。だから、僕ら道塾スタッフはそうした批判を見つめる強さ、耳を傾ける誠実さを持たなければならない。


2,ある元塾生の書き込みへ
2009年9月1日

ハンデをアドバンテージに


 楽しいことは1日中やり続けることができると思っていた。だから休むこと自体が罪悪なように感じていた。そんな状況が1年以上続いていたように思う。

 だが、最近はどれだけ楽しいことでも24時間365日やってれば飽きるよな、という当たり前の結論に達した。勉強と同じだ。それ以来、休息も良い仕事をする上で欠かせないものだと思えるようになった。

 という背景もあって、久しぶりに仕事を2日間お休み(+土日を利用)して3泊4日の沖縄・宮古島へ旅行に行ってきた。深い青空の下には、コバルトブルーの海。珊瑚でできた島のビーチに潜れば、真っ白な海底に水族館みたいな光景が広がっていた。




 とは言え。

 旅先でも道塾との関わりが絶たれるわけではない。宮古島は道塾スタッフである砂川の出身地。僕の旅行と砂川の帰省の時期が重なったこともあり、砂川が講演会を企画して手配してくれた。

 その企画に市役所・宮古毎日新聞・宮古新報・教職員・PTAの方々など、様々な方が積極的に協力して下さり、5名~10名くらいかなと見積もっていた企画は、最終的に70名くらいの島民の方に参加していただいた。



 講演会のテーマは「離島のハンデをいかに克服するか」。砂川と二人で互いの来歴を交互に語り、都市部と離島の教育格差とその解決方法を語った後、質疑応答を行うという流れで話を進めた。

 一般的に地域間での学力差を生むと考えられているものに、①設備、②情報、③人々の意識がある。だが、道塾をやっている中で気づくのは、①「設備」はほとんど関係なく、②「情報」も今や地域差は埋められる時代になっているということ。

 やたら豪華な設備の予備校・塾を好む保護者がいたり、むやみに高価な電子辞書を買う受験生は少なくないが、そのほとんどは自己満足に過ぎない。情報にしてもインターネットさえあれば東京にいるのとさして変わらない。

 差をつけるのは「ハンデがある」という意識と「だから無理なんだ」と結論づけるネガティブ思考。だから、と僕は講演会で語った。③「人々の意識」が変化すれば状況を一変させることができる、と。

 ハンデがあることはアドバンテージになり得る。そして、そう思い切ることさえできれば、力が湧いてくる。

 たとえば発展途上国のリーダーたち。昔の日本もそうだったろうが「遅れている」という危機意識こそが、先を行く国々に追いつこうとするエネルギーになっているはずだ。世界陸上に出ていた選手達にせよ、彼ら全員が幼少から十分な設備・情報に恵まれていたわけではないだろう。

 教育という側面から見れば、「ハンデがある」という認識を「乗り越えられるもの」へと変えることができれば、ハンデがない都市圏に住む人々よりも、教師は志を持って指導することができるし、子どももハングリーになれるはずだ。

 そうした点において、砂川はハンデがある環境を経て受験を乗り越えた者として、そして現在は指導側に回っている者として、素晴らしいロールモデルに成り得ている。だからこそ、下のような記事も生まれたのだと思う。

「やる気は意識次第」/後輩に熱いメッセージ 砂川博範さん(早大2年):宮古毎日新聞

 故郷へ錦を飾ると同時に、その姿を見た若者たちが夢を抱く。数年後、彼ら自身がモデルとなって次の世代の若者の新たな希望となる。そんな循環を、道塾を通じて数多く生みだしていきたい。

love is all.

 PS.来週からしばらく京都に滞在します。

 リンク:進む砂時計(砂川blog)
2009年8月18日

道坊主

 3月上旬、「3ヶ月後の目標」という記事を書いて、僕はその時こう宣言した。

 その目標達成の誓いと共に、僕らが賭けたのは各々の「髪」。すなわち、3ヶ月後に達成できなかった場合は、髪を剃り、いわゆる「五厘刈り(0.5mm)」の坊主にする。

 僕が掲げた目標は、塾生300人、スタッフ18人(と、あとプライベートなものふたつ)。

 塾生が約20人だった頃、何の目途も立っていない中で掲げた目標。大方の予想通り間に合わなかったので、すこし遅れたけれど坊主にしてきた。300人の他にも、このところ幾つかの物事が遅れている反省も込めて。



いってきます。ぴーす。


真ん中を剃って。。。


一気に坊主に。。。


おお。

中学1年の頃、イタズラが見つかって強制的に刈られて以来の坊主に。

そしてさらに。。。


お絵かきして


バリカン再登場


お?


おお?


おおお?


。
。
。

そしてこれが完成形。



 部分五厘の「道坊主」。よく頭を触られたり、電車の中では横目で後頭部を覗かれたりしてます。

 とはいえ、「メディアに出る時に困るから…!」と言って止めていたPR隊長の俊が諦めて「天才っ!参りました」というメールをくれたのをはじめ、意外と受け入れてもらえたようなので一安心。

 6月末に18人という目標を掲げていたスタッフは、8月半ばも過ぎた現在、優に30人を超えた。坊主にして気合いを入れ直して、道塾はまた新たな変化の時期に入っていく。

 9月10月とスタッフはさらに増え、様々な仕組みも整い、そして新たな試みにも手をつける。その結果として道塾は面白くなり、より充実した場所になっていくと思う。

 このところ僕がブログでの鳴りを潜めているのは、そういう面での忙しさもありながら、同時に自分が新たなステージに入りつつあるからだと思う。この胸に渦巻く想いがどのような形で表出するのか、それを楽しみにしながら日々を送っている。


 PS.カットはいつもお世話になってる22号館横の早稲田断髪サロンJUNES。

 PS2.すっかり言い忘れてたけど、遅まきながら目標にしていた塾生300人は超えた。道塾を信じて人生を賭けてくれた彼らの期待に応えられるよう、合格へと導く僕らの使命を全うしたい。