2008年9月30日

強くなければ、優しくなれない。


 一昨日付のエントリーで「タフじゃなくては生きていけない。やさしくなくては、生きている資格はない」というレイモンド・チャンドラーの言葉をひいた。僕はこの言葉は昔から好きなのだが、思い返すと原作を読んだこともなければ、読もうと思ったことすらない。だから、この言葉は僕が勝手に解釈しているだけだ。その上で。

 このセリフは主人公が作中のヒロインに、「あなたの様に強い(hard)人が、どうしてそんなに優しく(gentle)なれるの?」と問われて返した答えらしい。

 そんなこと、聞くのが間違ってる。僕はその答えをチャンドラーに言われるまでもなく知ってる。強いからこそ、優しくできるのだ。それが世に知られていないのは、優しいふりをした弱い奴は限りなくいるけれど、本当に強くて優しい人は、その姿を稀にしか見せないからだ。

 僕は人に優しくなりたかった。でも優しくなれなかった。それは僕が弱かったからだ。表面的に優しさを装うことはたやすい。でも、うわべの表情を剥ぎ取ってみれば、僕らは自分の持てる強さの中でしか、人に優しくすることはできない。それはカネでもモノでもなく、生身の自分自身だ。だから、強くなろうと思った。

 強くなるためには、中途半端な勝負じゃダメだ。そう信じて、自分をギリギリまで追い込むというやり方にこだわってきた。それを現すものとして、よく使っていた例え話がある。

 ご飯をよそる「お椀」のようなものを想像してみてほしい。それが自分という「器」だ。そして、その器に入るものが自分が、抱えられるものだ。この容量を大きくしていくのに、一番いいのはどういう方法だろう? 少しずつ時間をかけて、器の材料を継ぎだしていくか? それとも、いっそのことゼロから作り直すか?

 僕は、ごくシンプルに言えば、そこに入りきらないものを突っ込むという方法を選んだ。突っ込んで、ヒビ割らせ、急いで補修しては、また入りきらないものを突っ込む…。その繰り返しの中で、僕は自分の器を少しずつ大きくしてきた。少なくとも、そのつもりだった。

 ギリギリまで追い込んでヒビを直し続ける過程で、その綻びから何かがこぼれ出てしまうことがあった。それは自分が失いたくないものだったり、大切な人だったりした。時にはそれが誰かを傷つけることもあった。

 それは僕自身のエゴの結果だ。けれど、真実に目を背けなければエゴしか持ち得ない僕らにとって、仕方のないことなのだと言い聞かせてきた。強くなれば、そういうことは起こらなくなると信じてきた。

 そういう繰り返しを経て五年以上が経った。そろそろヒビ割れることも減ってきたように感じていた。久しぶりに、自分の器を超えたものを突っ込んでみる。すると、やはり五年前と変わらず、僕の器にはヒビが入った。そして、いつかと同じように、また何かがこぼれ出ていった。

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 小飼弾というブロガーが最近出した「弾言」という本の中で、「人間は、他人を喜ばせて初めて満足できる生き物」と語っていた。僕は21歳の頃にそのことをはっきりと理解した。その瞬間から、本だけを相手に過ごしていた自分と訣別し、リアルな他者へと向かって一歩を踏み出し始めた。僕にとっては、その歩みの到達点がMEGA PEACEであることは、過去に何度も書いてきた。

 僕が知る中でもっとも強い人の一人、そして僕を家の外へと駆り立てた当人であるスピノザは、こう言い残して生涯を閉じた。「すべて高貴なものは、稀であると共に困難である」(「エチカ」)。ある一時期から、僕にとって強くなることは高貴に生きることと同義になった。それはスピノザの言う通り、稀であり、困難な道のりの果てではあるのだろうが、たどり着ける場所だと信じたい。

 「人間が軽薄である限り、何をしても、何を書いても、どんなに立派に見える仕事を完成しても、どんなに立派に見える人間になっても、それは虚偽にすぎないのだ。略。自分の中の軽薄さを殺しつくすこと、そんなことができるものかどうか知らない。その反証ばかりを僕は毎日見ているのだから。それでも進んでゆかなければならない」(森有三、梅田望夫「私塾のすすめ」より孫引き)

 「完璧な優しさ」を持ちうるような強さがほしい。でも、その道のりは、果てしない。日々の僕がすることは「完璧な優しさ」とはまるっきり正反対のことばかりだ。そんな優しさが存在するのかすら、今の僕には分からなくなっている。少なくとも、エゴの結果として誰かを傷つけることを「仕方のない結果なのだ」と言っている限り、僕は本質的に変わることができないんじゃないかと最近は思う。

 僕はただ歌を歌い、ビールを飲み、時々こんなしょーもないエントリーを書く。そして翌朝目を覚ますことができたら、再び走りはじめる。ゴールは見えなくとも、信じて進んでいく以外に道はない。だから、一歩ずつ前へ進め。そう言い聞かせて、今日も眠りにつく。


 こんな話をするのは今日で最後にしよう。10月に入ったら、僕はまたひとつギアを上げる。


【フォト】 去年のMEGA PEACE vol.1の画像。なくしたと思ってたのだけれど、草苅君が再び焼いて渡してくれたのが出てきた。感謝。/vol.2まで残り3ヶ月を切った。みんな、頑張って。