2010年1月11日
1月11日、PM11時。約半年間の準備期間を経て、今日ついに「道塾・中学部」を公開した。
はじまりは5月頃に「エチカの鏡」で取り上げられた頃のこと。テレビを見た中学生の保護者から問い合わせを受けたが、その頃はまだ中学生に指導を行う術がなかった。問い合わせた方には申し訳なかったが結果としてその多くを断った。
その中でも、不完全な受け入れ態勢ということを踏まえた上で、なお入塾を強く希望してくれた一部の中学生を受け入れた。その担当となったのが現在の中学部・教務統括を務める熊谷一誠だった。
道塾の持つ大学受験への指導法をベースにしたとはいえ、指導カリキュラム構築はゼロからのスタートにも等しい道のりだった。勉強内容は大学受験とは異なり、指導を理解する能力にも大きな差がある。そうしたハードルを一つひとつクリアし、ようやくたどりついたのが今日という日だった。
どんなことでも完璧ということはない。まだ立ち上がったばかりの中学部は、大学受験部と比べればその経験値において歴然たる差があるのだろう。でも中学部の指導スタッフの尽力に加えて外部からの助力を得たことで、今までは存在しないまったく新しい指導法を確立できたと思う。
そのすべては「一誠」という名前の通り、ただひたすらに中学部のオープンのために、まっすぐ道を走り続けた熊谷の努力が根本にある。今晩は、遅くまで残っていたスタッフと我が子が生まれたかのように喜んだ。
ごく控えめに言っても、中学生の頃に熊谷をはじめとする道塾スタッフとの語り合いを重ねるだけでも人生の行き先は変わると思う。同じように、中学部がはじまったことで道塾の進む角度もまた大きく変わるだろう。
これから大変な日々がはじまるのだろうけれど、ここから育っていく多くの若者のことを考えると、つい顔がほころんでしまう。そのひとつひとつを、すべての仲間と共に乗り越え喜びを分かち合っていきたい。
まぁ何はともあれ、シオメ、おつかれさま!!
道塾・中学部
道塾「中学部」がはじまりました
1月11日、PM11時。約半年間の準備期間を経て、今日ついに「道塾・中学部」を公開した。
はじまりは5月頃に「エチカの鏡」で取り上げられた頃のこと。テレビを見た中学生の保護者から問い合わせを受けたが、その頃はまだ中学生に指導を行う術がなかった。問い合わせた方には申し訳なかったが結果としてその多くを断った。
その中でも、不完全な受け入れ態勢ということを踏まえた上で、なお入塾を強く希望してくれた一部の中学生を受け入れた。その担当となったのが現在の中学部・教務統括を務める熊谷一誠だった。
道塾の持つ大学受験への指導法をベースにしたとはいえ、指導カリキュラム構築はゼロからのスタートにも等しい道のりだった。勉強内容は大学受験とは異なり、指導を理解する能力にも大きな差がある。そうしたハードルを一つひとつクリアし、ようやくたどりついたのが今日という日だった。
どんなことでも完璧ということはない。まだ立ち上がったばかりの中学部は、大学受験部と比べればその経験値において歴然たる差があるのだろう。でも中学部の指導スタッフの尽力に加えて外部からの助力を得たことで、今までは存在しないまったく新しい指導法を確立できたと思う。
そのすべては「一誠」という名前の通り、ただひたすらに中学部のオープンのために、まっすぐ道を走り続けた熊谷の努力が根本にある。今晩は、遅くまで残っていたスタッフと我が子が生まれたかのように喜んだ。
ごく控えめに言っても、中学生の頃に熊谷をはじめとする道塾スタッフとの語り合いを重ねるだけでも人生の行き先は変わると思う。同じように、中学部がはじまったことで道塾の進む角度もまた大きく変わるだろう。
これから大変な日々がはじまるのだろうけれど、ここから育っていく多くの若者のことを考えると、つい顔がほころんでしまう。そのひとつひとつを、すべての仲間と共に乗り越え喜びを分かち合っていきたい。
まぁ何はともあれ、シオメ、おつかれさま!!
道塾・中学部
2010年1月10日
第二幕、本編突入
今日でこの「午後2時のビール」をはじめてから丸2年。
「人生の第二幕」と位置づけ、その記録をリアルタイムで残そうと思って立ち上げたブログだった。実際、それと同時に僕の人生の第二幕ははじまったと思う。
でも、実感としてはようやく第二幕のプロローグが終わったくらいだ。二年前はまだ僕だけの視点でしかなかった。道塾はたった一人でやっていたものだった。それから時が流れて仲間が一人、また一人と集まってきた。それぞれが力を尽くしたことで、ようやく道具が揃い舞台が整ったと感じる。
遅まきながら、ようやく第二幕の本編に入れる時期になったのだと思う。仲間たちと共に旅する過程、その一瞬一瞬を楽しみ味わうと共に、その軌跡をここに記録し続けていきたい。このブログがいつの日にか読み返され、誰かの胸に希望の火を灯すことを願って。
ということで、あけましておめでとうございます。遅くなったけれど、今年もよろしくお願いします。
「人生の第二幕」と位置づけ、その記録をリアルタイムで残そうと思って立ち上げたブログだった。実際、それと同時に僕の人生の第二幕ははじまったと思う。
今は「自分の足で、歩きたい方向へいこう」と言える。この何年間かで自分なりの歩き方を覚えた。行きたい場所も、おぼろげながら見えた。たとえ道からはずれることがあっても、自分で切り拓いていけばいい。歩みは遅くとも、進むべき方角を見失うことは、たぶんない。あの時から走り続けてここまでやってきた。毎日違うことが起こり、必死で対処してきた。同時に常に未来に目を向け、自分にしかできないことを探し続け、すこしでも形にしようとしてきた。その結果として二年前とはまったく違う景色が見えるようになった。
だからはっきりと言える。第二幕の幕開け。ここからが人生本番、勝負の時。やるしかねぇ。
でも、実感としてはようやく第二幕のプロローグが終わったくらいだ。二年前はまだ僕だけの視点でしかなかった。道塾はたった一人でやっていたものだった。それから時が流れて仲間が一人、また一人と集まってきた。それぞれが力を尽くしたことで、ようやく道具が揃い舞台が整ったと感じる。
遅まきながら、ようやく第二幕の本編に入れる時期になったのだと思う。仲間たちと共に旅する過程、その一瞬一瞬を楽しみ味わうと共に、その軌跡をここに記録し続けていきたい。このブログがいつの日にか読み返され、誰かの胸に希望の火を灯すことを願って。
ということで、あけましておめでとうございます。遅くなったけれど、今年もよろしくお願いします。
2009年9月25日

ちょうど上半期が終わる時期で総括をしたくもあり、このブログでコメントの要請もされたので、僕の道塾に対する考えをこのタイミングで残しておこうと思って書いてみた。塾生、スタッフ、そしてそれ以外でも道塾に関心のある人は目を通してもらえたら嬉しい。
まだ道塾は発展途上。でも、だからこそ、これからも更なるスピードでもって駆け抜けるよ。
1,ネット空間の言説
2,ある元道塾生の書き込み
3,いくつかの争点
4,道塾のスタンス
5,これからの道塾と、僕の想い
【過去の関連エントリー】
希望なき国に生まれて(1)
希望なき国に生まれて(2)
挑戦状を叩きつける
龍と春樹と司馬遼太郎
道塾、創業3年目
2009年上半期を振り返って
ちょうど上半期が終わる時期で総括をしたくもあり、このブログでコメントの要請もされたので、僕の道塾に対する考えをこのタイミングで残しておこうと思って書いてみた。塾生、スタッフ、そしてそれ以外でも道塾に関心のある人は目を通してもらえたら嬉しい。
まだ道塾は発展途上。でも、だからこそ、これからも更なるスピードでもって駆け抜けるよ。
1,ネット空間の言説
2,ある元道塾生の書き込み
3,いくつかの争点
4,道塾のスタンス
5,これからの道塾と、僕の想い
【過去の関連エントリー】
希望なき国に生まれて(1)
希望なき国に生まれて(2)
挑戦状を叩きつける
龍と春樹と司馬遼太郎
道塾、創業3年目
5,これからの道塾と、僕の想い

話をはじめに戻すが、ウェブ空間の言説はあまりにネガティブな方向に偏りすぎていると思う。それだけでなく、リアル空間においても、若者はあまりにも夢や希望を語りにくい場所にいると思う。そんな場所にい続けたら身も心も硬く凍り付いてしまう。いつしか斜に構えることしかできなくなり、若い頃にはあれだけ嫌いだった「大人」の一員になっていく。
この国は、一人ひとりの希望を失わせる力に満ちあふれすぎている。それは誰が望んだわけでもないが、僕らが生み出した「システム」によって作られたものだ。たとえば政治、たとえば教育、たとえば学校、たとえば2ちゃんねる。
だから、僕は日本のすべての若者が道塾で学べるようにしたいと思っている。ポジティブなメッセージを発し、夢を叶えるための具体的な方法論を伝える大学生と人生のどこかで出会うことは、冷え切った体に太陽を浴びるような暖かさでもって生きるエネルギーを得られるはずだ。それは、潜在的には無数の若者が必要としている出会いだと思う。
道塾は、単純に偏差値を伸ばすだけの受験塾ではない。偏差値というのは「偏り」があるから生まれるもので、極論すれば、ある特定の層だけを狙った受験塾は偏りを拡大再生産しているとさえ言える。すべての若者が道塾で学んでもなお意味があることを僕は目指したい。
僕が道塾で実現したいのは、未来を切り拓こうとする熱を一人ひとりの胸に抱かせることだ。そのための武器として勉強法があり、その副産物として成績の上昇や受験結果の合格が生まれる。成績を伸ばすこと、良い大学に受かることは、あくまで過程であり、人生のゴールではない。
とはいえ、どんなに理想を語っても、受験塾として合格結果という数字がついてこなければ意味がない。でも、これまで僕は道塾のやり方で十分に結果が出ることを証明してきたし、これからもしていくだろう。
そのひとつの証として、僕らは2012年に塾生1万人を目指すと宣言している。どんなに理想を語っても、それが現実を動かさなければ意味がないからだ。道塾を立ち上げて2年半になるが、ビジネスというツールは、理想を現実に変える上で、この時代においてもっともインパクトのある手法のひとつだと僕は確信している。
「1万人」という数字ばかり語っていると、質ではなく量ばかりを問題にしているように見えるかもしれない。「ああ、馬場もビジネスライクな考えをするようになったか」、と。でも、1万人という数字は、多くの塾生が満足し、道塾に入って良かったと思ってくれない限りあり得ない。だから僕は道塾を量的に広げてもいくけれど、それは質的に高めることが前提にある。
塾生が1万人になれば、加速度的に道塾は広がっていくだろう。教えるスタッフ、学ぶ塾生、その一人ひとりが未来を切り拓こうという意志を持ち、ポジティブなエネルギーに満ちあふれれば、ウェブ空間も、現実世界も、今より少しずつ良くなっていくに違いない。
僕はたった一人で「早稲田への道」をはじめた。それは一定の意味があったけれども、この世界の「システム」を変えることはできなかった。でも今は、僕が一人では達成できなかったことを、道塾の仲間たちと共に実現しようとしている。
人は夢物語だと笑うかもしれない。勝手に笑ってくれて構わない。いつだって「不可能だ」と言われてきたけれど、僕は一つずつ乗り越えてここまでやってきた。不可能だと思っているから不可能なだけで、僕の目にはそれが実現する姿が見える。
理想論はもうあまり語りたくない。それは、これまで十分すぎるくらい語ってきたからだ。あとは結果で示そうと思う。それこそが、若い一人ひとりの胸に希望の火を灯し、リアルに世界を変えていくからだ。散々これまでも語ってきたが、これが僕なりの「システム」への対抗の仕方だ。
罵倒している暇があれば、自分の頭を使い、手を動かし、足を使って歩き、少しでも世の中を変えていきたい。愚痴を言っている時間があれば、誰を憎むのでもなく、恨むのでもなく、「システム」と対峙してこの世界をより良くしていきたい。それこそが、食うに困らなくなった僕らの使命だと思うから。
仲間がいることに感謝しよう。誠実に批判してくれる人がいることに感謝しよう。そのひとつひとつを糧にして、僕は未来を切り拓いていく。そして、この国に希望の火が灯されたね、と言わせてみせる。
【2009年上半期を振り返って】
1,ネット空間の言説
2,ある元道塾生の書き込み
3,いくつかの争点
4,道塾のスタンス
5,これからの道塾と、僕の想い
【過去の関連エントリー】
希望なき国に生まれて(1)
希望なき国に生まれて(2)
挑戦状を叩きつける
龍と春樹と司馬遼太郎
道塾、創業3年目
4,道塾のスタンス
最近気になるのはメディアを通じて蒔かれたイメージと、道塾の実像との間に、すこしズレがあるなということ。だから本来は生まれるはずのない非難が生まれたり、あらぬ期待をさせて失望させてしまったりしているのかもしれない。これはメディアに映る僕らが気をつけなければならないことであり、これからはより正確な道塾像を伝えていく努力をしようと思う。
先にも書いた通り、道塾は「魔法の勉強法」を教える場所ではない。自分で未来を切り拓こうという意志を持った人間を、できる限りの方法で後押しをする場所だ。たまに保護者が子どもを無理に入塾させようとするのを断ることがあるが、これは道塾を誤ったイメージで捉えている最たる例だ。
僕の知る限り、世の中のどこにも「魔法の勉強法」は存在しないし、同じように「完璧な勉強法」も存在しない。だから道塾で伝えているのは地味な勉強法であり、僕らが最善と考える提案に過ぎない。
でも、本気で人生を切り拓こうとしている塾生は、道塾のスタッフとの話し合いを活かし、日々の勉強法・生活スタイルを徹底して改善してくる。だから伸びる。そうした受験生を、道塾では力を尽くして応援し続けたいと思っている。
最近はだいぶ変わってきたが、道塾は元々僕のような落ちこぼれを中心に支えたいという想いではじまったこともあり、偏差値50を超えるような塾生は少数派だった。でも、そうした子であっても、本人の意志次第でトップレベルの受験生と戦えるまでに成長することを道塾は証明してきた。元々ある程度の努力をしてきた子であれば、さらに可能性は広がるだろう。
「気づいていなかった自分の可能性」を最大限に引き出し、できるだけ高みへと連れて行くこと。高みへ連れて行くというのは単純に高偏差値の大学に入るためだけの指導をするのではなく、己の弱さに打ち克ち、日々努力をすることで自分を高めていく手助けをするということ。
それが道塾で僕がやりたいことだし、事実行われていることだと思う。道塾の魔法に頼れば変わるんじゃないか、というのは現実とは違う。入塾時の塾長メッセージで「道塾を上手に利用してほしい」と伝えているのは、道塾に「依存」するのではなく、「自立」するために有効に活用してほしいという想いを込めてのことだ。
5,これからの道塾と、僕の想いへ
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